【遅すぎるハロウィン特別回】ぎぶあんどていくっ!
これはハロウィンに便乗した特別回です。2章は夏休みから始まります。
また、本筋には全く関係のない話になるので、読まなくても全く問題ありません。
2010年11月1日。練習のない月曜日という事もあり、俺は自宅で優雅な一時を過ごしていた。
ちなみに、世間では昨日――10月31日がハロウィンだったらしいが、特に何も起きずに終わっている。
当たり前だ。渋谷に繰り出るつもりもなければ、近所の子供に与える慈悲もない。
数あるイベントの中でも、これほど高校球児に無縁なイベントはないだろう。
ピンポーン!
そんな事を考えていると、インターホンが音を奏でた。
特に荷物が来るとも聞いていないし……まさか、一日遅れで子供達が攻め込んで来たのだろうか。
両親は仕事。弟と妹は部活がある為、今は俺しか家にいない。
ここは転生者として、プロ注目右腕として、手ぶらのまま追い返してやろう。
部屋を出て、階段を下りると、そのまま扉に手を掛ける。
そして扉を開けると、そこにいたのは――。
「ぎぶ あんど ていくっ!」
と叫ぶ、制服姿の琴穂だった。
前言撤回、追い返すなんてとんでもない。
琴穂が俺の家に来たのだから、俺の総力を上げて歓迎するしかないだろう。
ただ、一つ気になる点がある。一体、彼女は何をしに来たのだろうか。
ギブアンドテイクとか言ってるけど……目的が全く見えてこない。
「お菓子ちょうだい!」
「もしかしてハロウィン?」
「うんっ! どう見てもそうでしょ!」
なるほど、合点がいった。
トリックオアトリート「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ」という暴論ではなく、ギブアンドテイク「何か貰ったら何か与える」という言葉を選んだのは、彼女が対等な関係を望んでいたからだろう。
さすが琴穂、優しさに溢れている。彼女を天使と呼ばないならば、誰を天使と呼ぶのだろうか。
「ちなみにコスプレは……?」
「女子高生っ!」
いつも通りじゃねえか、とは言わなかった。
女子高生とは、制服が一番完成された姿であり、原点にして頂点なのである。
さすが琴穂、よく分かっている。断じて際どいコスプレも見たかったとか、そんな事は思っていない。
「あっ……」
琴穂はハッとした表情を見せると、一瞬だけ携帯をチラ見した。
「と、とりっくあーとっ!」
「美術館かな」
突然どうした。
これは一緒に行きたいという暗示と捉えていいのだろうか。
「と、とにかく! お菓子くれないと悪戯するよっ」
「ああ、好きに悪戯してくれていいよ」
「いやお菓子ちょうだい」
「はい」
とまあ、そんなやりとりをしてから、自宅に琴穂を招き入れる事となった。
※
俺が買い貯めている菓子は二つある。
一つはザッ○ルのベーコンペッパー味。俺はこの菓子が好きだったが、数年後には生産が終了してしまうので、可能な限り買い貯めている。
そして、もう一つは――。
「あ、わたあめ作るやつだ!」
家庭用の綿菓子機とザラメである。
なんてことはない、クラスの自己紹介で琴穂が「好きな食べ物はわたあめ」と答えたのを聞いて、いつでも歓迎できるように用意していたのだ。
「すぐ出せる菓子はないけど、これなら用意できるよ」
「わーいっ! 一緒に作ろっ!」
琴穂は目を輝かせながら、台所に上半身を乗り出した。
初めての共同作業か。控え目に言っても素晴らしい提案だと思うが、残念ながらそれは叶わない。
何故なら――。
「制服めっちゃ汚れるけど大丈夫?」
「あっ……そっか。じゃあ待ってるっ!」
素人のわたあめ作りは、割りと大惨事になる事がある。
俺はスウェットだし自宅だから問題ないが、制服がベタベタになるのは大変困るだろう。
うん、我ながら気を使えたな。
そう思った次の瞬間「エプロンを使わせれば良かったのでは?」という選択が頭を過った。
盛大にやらかした。エプロン姿の琴穂と横に並ぶ千載一遇のチャンスを、俺は棒に振ってしまったのだ。
心では泣きながら、琴穂に視線を向けてみた。
琴穂は小走りでソファーに向かっている。そのまま俯せ向きに飛び込むと、紺色のスカートがふわっと捲れた。
……ちょっと背伸びしたピンク色だった。
下半身に着ける布切れなんて、一周目の結婚生活でクソほど見慣れた筈なのに、何だか自然と惹かれて、凄くドキドキしてしまった。
まあ俺も男なので仕方がない。
そんな事を思いながら凝視していると、琴穂は左手でスカートを抑え、此方に視線を向けてきた。
「大丈夫、何も見てない」
「かっしー……私そこまでバカじゃないよ……」
「ごめん……」
琴穂のジト目が心に突き刺さる。
やってしまった。これは嫌われたかもしれない。
そんな不安が全身を過ったが――。
「えへへ……まあいいけどねっ」
琴穂は少し恥じらいながら笑みを溢した。
こんな穢れている俺を許してくれるのか。やっぱ琴穂は天使だな、彼女の慈悲深さに感謝しなくてはならない。
「……っと、こんなもんでいいか」
俺は雑念を振り払うように、特大の綿菓子を作り上げた。
やがてソファーまで持っていくと、琴穂は嬉しそうに受け取った。
「やった! かっしー、ありがとっ!」
琴穂はそう言って綿菓子に口を付けた。
笑顔で綿菓子に夢中になる姿は、控え目に言っても超かわいい。
この姿が見れたのだから、見返りは十分すぎるほど受けたと言っていいだろう。
「ギブアンドテイクだな……」
「なにが!?」
ハロウィンも悪くないな。
そんな事を思いながら、束の間の休日は過ぎていった。
よく教室でザックルを食べてました。
過去に戻れるなら買いだめしたいですね……。