7.女神再来
金髪コンビが野球部に来たのは、勝負の翌日だった。
「武蔵境シニア出身の渡辺和也です。ポジションはショート、セカンドもできます」
割りと真面目そうな方が渡辺。優しそうな二枚目で、身長は170cmくらい。
ちなみに、武蔵境シニアは中学硬式野球の強豪だ。記憶にない選手だが、それなりに期待できるだろう。
「うぃ~っす! 鈴木優太、ファーストっす! ナベちゃんと同じシニアで、Bチームで不動の4番っしたぁ」
見るからにホストみたいな、長めの金髪に糸目の方が鈴木。
身長は俺と同じくらい。スラッとしているように見えるが、腕には厚みがある。
どうやら二人とも野球推薦らしい。
「……妙だな。Bチームでずっと4番なら、Aチームから声がかかるんじゃないか?」
そう指摘したのは近藤だった。
確かに「Bチームで不動の4番」というのは非常に珍しい。
高頻度で4番を打つような打者なら、何度かAチームに呼ばれる筈だ。不動という表現には違和感を覚える。
「ま、細かい事は気にしない方向で! よろしくぅ!」
鈴木はそう言ってはぐらかした。
此方も記憶にない選手だが、戦力にはなりそうだ。
というか、本来バッテリーを組む中里と杉山は、一体どこに消えたんだろう。
「えー、改めて。監督の瀬川だ。9人以上集まったという事で、一先ずは安心している。これから君達には……」
瀬川監督の長そうな話が始まった。
夏大の目標だとか、今後の活動の方針だとか、そんな在り来たりな内容だ。
この瀬川監督も優秀な指導者で、かつて都立常東高校を甲子園に導いた実績を持ち、東京では有名な指導者だった。
瀬川監督の長話は暫く続いた。そんな最中、
「すいませーん! 遅れましたぁ!」
何処からもなく、女の子がそう叫んだ。
卯月ではない。またマネージャー志望だろうか。
「ああ、やっと来たか。遅いじゃないか」
「はぁ……はぁ……ごめんね、ちょっと真中先生に捕まってた」
走ってきた女の子は、瀬川監督にタメ口でそう言った。
そして――その姿を見た俺は、思わず言葉を失ってしまった。
明るい茶髪のゆるふわパーマ。
涙袋が強調されていて可愛らしい顔。
水色のカーディガンに、灰色のスカートはかなり短めで、体の発育が良い。
俺は――この少女を知っている。
「お、お前……」
思わず言葉が漏れる。少女は俺に気付くと、少しだけ微笑んだ。
「初めまして。1年3組、瀬川恵です。マネージャーとして一生懸命頑張ります!」
彼女はぺこりと一礼すると、此方に向かって手を振った。
俺は知っている。俺だけが知っている。彼女のもう一つの名前は――。
「め「女神さまじゃん!!!」
俺に被せて声をあげたのは鈴木だった。お前もかよ。
「やっほー、一部の人は久しぶりだね~」
瀬川恵はニコニコしながら、俺達のほうに歩んできた。
「女神辞めて女子高生になっちゃったの? ひゅ~いいねぇ~」
「へへへ~、似合ってるでしょ~」
鈴木は見た目通りノリが軽い。不祥事を起こさないか心配になってきた。
「ふむ……つまり、めがみ様ではなく、めぐみ様だった訳だな」
堂上は真顔でそう続けた。冗談のつもりなのだろうか。
「久しぶりだな。ってか瀬川って……」
「うん。瀬川監督は私のお父さん。一緒に甲子園に行くのが私の夢なの」
瀬川恵はそう言うと、俺は顔に手を当てた。
騙された。彼女は野球の女神でも何でもない。
悩める野球少年を富士谷高校に導く、蟻地獄のよう少女だったのだ。
「騙したみたいになっちゃったけど……怒ってる?」
「いや別に。割りと感謝してるまであるよ」
蟻地獄みたいな少女、と酷評したが、彼女には感謝している。
お陰で金城とは仲良くなれたし、堂上という逸材も救えた。だから別に怒ってもいない。
ただ、それよりも気になる事、いや――気にするべき事がある。
彼女は何故、俺の未来を知ってたんだろう。
漢字の難易度に関わらず、初登場のチームメイトにルビを振りました。
6話までの分も修正済みです。