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98.世紀の大博打

富士谷002 010 010=4

関越一000 000 02=2

【富】柏原-近藤

【関】池田、仲村、松岡-土村

 依然として灼熱の阪神甲子園球場には、吹奏楽部が奏でる「アフリカンシンフォニー」の音色が響いていた。

 9回裏、二死二塁。この土壇場で迎えるのは、同じ府中本町シニア出身の大越ルイス。

 ナイジェリアの血を引く男が、右打席でバットを構えていた。


「(カシの握力はもう無いネ。オレが繋いで周平が一発打てばTHE ENDだYO)」


 大越はニヤリと笑みを浮かべている。

 点差はまだ2点、走者もまだ1人。にも関わらず、関越一高の反撃ムードが高まっている。

 バックネット裏スタンドからも、疎らに手拍子の音が聞こえてきた。


 これ以上、相手を勢いに乗せる訳にはいかない。

 最高潮の場面で周平や土村を迎えれば、間違いなく此方が飲まれてしまう。

 大越で切るのは絶対だ。ここで全てにケリをつける。


 一球目、俺達が選択した球は……外へ逃げる高速スライダー。

 先ずは慎重に様子を見たい。そう思ったんだが――。


「ボール!」


 これは大きく浮いてしまい、余裕を持って見送られた。

 くそ、無駄な球になったな。高めの変化球なんて何の布石にもならない。


「(……やっぱストレートだな)」


 近藤の要求は外角低めのストレート。

 一番コントロールし易く、走っている球種でカウントを取る算段だ。

 ただ、変化を大きく外した後のストレートは読まれやすい。際どいコースを攻める必要がある。


 二球目、俺は外角低めを目掛けて腕を振り抜いた。

 速い球は外角ギリギリの良いコースに向かっている。

 しかし――。


「ボール、ツー!」


 高さが僅かに足りず、144キロのストレートはボールになった。

 ボール先行の苦しいピッチング。大越は意外と見極めが上手いので、ボール球には全く手を出してくれない。


「ボール、スリー!」

「おおおおおおおおおお!!」

「松岡まで回るぞ!」


 三球目も外角に外したストレート。

 ただ、これは意図的に外した一球だ。

 スリーボールだと温情でストライクを取りやすいので、より際どい所を攻める事が出来る。


 正直、ドラフト候補らしくないピッチングではある……が、球威も落ちてきているので仕方ない。

 ここは技巧派らしい――本来のサイドスローらしい投球で打ち取っていく。


「(ド真ん中に来たら打つのもありかナ)」


 四球目、笑みを溢す大越に対して、俺はフロントドアの高速スライダーを放っていく。

 体に向かっていく球に対して、大越は大袈裟に避けようとするも――。


「ットライーク!!」


 白球は手元で鋭く曲がり、かなり際どいコースに吸い込まれていった。

 判定は思惑通りストライク。やはりと言うべきか、高校野球の審判には甘さがあるな。


「(カウント取ろう。ヒット打たれてもまだ勝ってる)」


 そして迎えた五球目、近藤はバックドアのツーシームを要求してきた。

 内から外へと揺さぶる算段。大越は四球でいいだろうし、まだ手が出し辛いに違いない。


 雰囲気に騙されるな。

 仮に長打を打たれても、俺達はまだリードを保てる状況だ。

 そう心に言い聞かせながら、俺は右腕を振り抜いていった。


 白球は構えた所に吸い込まれていく。

 大越は出しかけたバットをピタリと止めるが――。


「ットライーク、ツー!!」


 134キロのツーシームが決まり、フルカウントまで持ち直した。


「(カシ……イカれてやがるネ。まだそんな力が残ってたのかYO……!)」


 大越は思わず苦笑いを浮かべている。

 こうなってくると、際どいコースも手を出さざるを得ない。

 何せ普通のフルカウントではない。9回裏ツーアウトのフルカウントだ。

 もし三振すれば仲間全員の夏が終わる中で、際どい球を見送る勇気は持てないだろう。


「ルイス楽にな!」


 ネクストから笑顔で励ます周平。


「絶対に俺まで回せやァ!」


 三塁側ベンチで吠える土村。


「大越くん……」


 その横で静かに祈る棚橋は、何だか画になっているように見える。


「大越! やってきた事を信じろよ!」


 二塁走者の渋川は、胸を叩きながら一言だけエールを送った。


 反撃ムードから一転、富士谷が勝利目前まで詰めた状況。

 そんな雰囲気がスタンド、ベンチ、そしてグラウンドに漂いつつある。


「(最後だ。しっかり決めろ)」


 フルカウントで迎えたラストボール、近藤の要求は内角の高速スライダー。

 内から外と来てから、最後に再び内を使って打ち取る算段だ。


 初球のような抜け球は厳禁。

 しっかりボールを握りながら、投球モーションに入っていく。

 そして腕を振り抜こうとした、次の瞬間――。


「(オレは自分を……自分の足を信じル!)」

「なっ……!」


 大越は唐突にバットを寝かせ、セーフティバントの構えを見せてきた。

 9回裏フルカウント。当然ながら、ファールならスリーバント失敗で試合終了になる。

 にも関わらず――大越はここ大一番で、意表を突く大博打に出てきた。


「わあああああああああああああ!!」

「ええええええええええええ!?」


 思わぬ展開に、スタンドも大いに沸き立っている。

 放たれた白球は大越の懐へ。バントの構えをした彼は、引く事なくバットに当てようとしている。

 その全ての動きが、何だかスローモーションに見えた。


 当然、此方はセーフティバントなんて警戒していない。

 三塁側に良いバントが決まれば、高確率で内野安打となってしまう。

 そんな中――。



コツンッ



 俺の放った高速スライダーは、大越が寝かせたバットに当たっていた。


「おおおおおおおおおおお!!」

「え!? 嘘でしょ!?」


 スタンドが沸き立つ中、白球は三塁線に転がっている。

 切れるか切れないか際どい当たり。流石に京田も一歩目が遅れて、俊足の大越を刺せそうにはない。


「捕るな!!」

「うお!?」


 咄嗟に叫ぶ俺。京田は慌ててグラブを引っ込めている。

 ファールになれば試合終了。そんな状況下の中で、白球はコロコロとライン際を転がっていた。


「頼む! 入ってくれ!」

「切れろ!!」


 だんだんと勢いが弱まる中、白球は白線に近付いていく。

 そして弱々しい転がりでラインに到達すると――。


「フェア! フェア!」

「わあああああああああ!!」

「おおおおおおおおおお!!」


 白球はその場で静止し、三塁審からフェアが告げられた。


「シャア!!」

「きたきたきた!!」

「逆転あるぞ!!」


 一塁ベース上で雄叫びを上げる大越。

 スタンド全体はより一層と盛り上がり、異様な雰囲気がグラウンド全体を包みこんでいる。


 もはや一塁側以外はみんな敵。甲子園の魔物も関越一高に微笑んでいる。

 二死一三塁、長打が出れば同点、一発出れば逆転サヨナラ。

 そして――理不尽にも逆転サヨナラを願われている、異様な空間で迎える打者は――。


「……さ、終わりにしようぜ竜也。これが最後の高校野球だ」


 かつて親友だった男、松岡周平が右打席に入った。


富士谷002 010 010=4

関越一000 000 02=2

【富】柏原-近藤

【関】池田、仲村、松岡-土村

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[一言] 投手交代!投手芳賀!
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