90.迫る結末
富士谷002 01=3
関越一000 00=0
【富】柏原-近藤
【関】池田、仲村-土村
阪神甲子園球場では、5回終了時のグラウンド整備が着々と進められていた。
関越一高の選手達は守備に着く準備をしている。一方、6回表の攻撃を迎える富士谷の面々は、一塁側ベンチで一堂に会していた。
「去年は3点差から逆転されてるからな。あと1点、絶対に取ろう」
選手達の中心で、俺は一言だけ言葉を残す。
昨年と同じ3点差というのは不気味だ。それに試合再開直後というのは流れが変わり易い。
そういった意味でも、今一度この場を引き締めたかった。
「ふむ……1点とは随分と謙虚だな。3点くらい取ってしまっても良いのだろう?」
「相手もガチっすからね。次の1点は大事ですし、先ずは1点ってのは良いと思うっすよ」
「まー、かっしーが投げてれば何とかなるっしょ~」
選手達の反応は様々。その中で、世界を経験している津上は流れを分かっている。
昨年の関越一高戦は次の1点を6回裏に取られた。そして同点まで一気に追い付かれた。
その二の舞にならない為にも「次の1点」は非常に大きな意味を持っている。
「富士谷の選手も準備してー!」
「あ、はい!」
と、そんな話をしている内に、グラウンド整備が終了していた。
関越一高の選手達は守備に散っている。先頭打者の鈴木、ネクストの中橋は慌ててグラウンドに飛び出した。
「この回1点とろーぜー」
「頼んだぞチャラ男!」
声を出す選手達を後目に、俺はベンチの奥に退いていく。
今は少しでも休んでおきたい。そう思いながら歩いていると、ニコニコと笑みを浮かべる琴穂と目が合った。
「ノーヒット、ノーライフだねっ」
「ノーヒットノーランな」
既視感のあるボケに対して、俺は秒で言葉を返す。
そういえばノーヒットノーランだったな。自身のエラーが一つあったけど、今のところヒットは打たれていない。
尤も、完璧に抑えているという訳ではないし、良い当たりは結構飛ばされているけども。
「んふふっ、見たいな~」
「善処はする」
「絶対してっ」
「そんな簡単じゃないって」
「えー、頑張ってよぉ」
「(こいつら試合中に……爆発しろ!)」
京田に睨まれながら、琴穂と言葉を交わしていく。
彼女は試合中でも最高に可愛いな。話してるだけで癒されてる感じすらする。
と、そう思った次の瞬間――。
「わあああああああああああああ!!」
「おお!」
「鈴木は当たってるなぁ」
鈴木がレフト前ヒットを放ち、スタンドからは大きな歓声が上がった。
後半戦も幸先良く先頭打者が出塁。この調子で追加点を取りたい所だ。
「そろそろ代わるか?」
「いいや、予定通り6回までは投げ切るよ。でないと天国の偉人達に顔向けできないし……エースとして格好も付かないからね」
「おうよ。じゃ、頼むぜ」
周平はマウンドに駆け寄るも、すぐに一塁へ戻っていった。
一人一巡ならそろそろ交代時だが続投か。先発の池田が早めに降りた分、仲村で取り戻したいのかもしれない。
この隙に追加点を……と行きたい所だったが、ここで立ちはだかったのは関越一高のエースナンバーだった。
曲りなりにもドラフト候補というべきか。非常にノビのあるストレートを軸に、フライと三振の山を築いていく。
中橋はライトフライ、近藤と京田は空振り三振で、一塁残塁となってしまった。
攻守が入れ替わって6回裏。
相手に流れが傾きそうな雰囲気もあったが、ここで出塁すら許さないのが今日の俺である。
先頭打者の秋山とライトフライ。続く宮口を見逃し三振で打ち取り、あっと言う間に2つのアウトを奪った。
『関越第一高校 選手の交代をお知らせいたします。9番の仲村くんに代わりまして、ピンチヒッター伊藤くん。背番号15』
二死無塁となった所で、関越一高は2年生の伊藤を送り込んだ。
仲村の出番はここで終了。7回からは恐らく周平が登板する事になる。
残り3イニングしかない中で、流石に上原のカードを切ってくる事はないだろう。
「(2アウトだけど俺が起点になるぞ……!)」
相手としてはエースを諦めた形。
予定通りの継投だったとしても、1番を捨てて代打を送り込んだ事になる。
ただ、希少な本格派サイドの俺に対して、たった1打席で打てる筈もなく――。
「ットライーク、バッターアウト!!」
「(か、掠りもしねぇ……)
最後はスプリットで空振り三振。
この回も三者凡退で仕留めて、優勝までのカウントダウンを9アウトとした。
「(今日の竜也エグ過ぎんだろ。こっちも負けてらんねーぜ)」
7回表、この回からマウンドに上がるのは背番号3の松岡周平。
相変わらず俺をマネしたサイドスローで、俺以外で唯一「サイドからのスプリット」を扱える高校球児である。
最速は141キロ。カーブやスライダーを扱うが、シンカー系の球は持ち合わせていない。
つまるところ、左打者には有効打が少ないのだが、野本はスプリットで空振り三振を喫してしまった。
逆に右打者に対しては引き出しが多い。渡辺はセカンドライナー、津上は見逃し三振となり、富士谷も3人で攻撃が終わった。
「どらっしゃぁ!」
「松岡ァ! 次はあのクソカスも頼むぜェ!」
残すイニングは後2.5回。松岡と土村も流石に気合が入っている。
勿論、此方も負けるつもりはない。あと一巡、何が何でも抑えていく。
「ットライーク、バッターアウト!!」
「(あ、当たらんッ)」
先頭打者の岸川、ワンバウンドのスプリットで空振り三振。
「ットライーク、バッターアウト!!」
「(くっそ、去年とは別人レベルでえげつねぇ)」
勝負強い渋川は高速スライダーで空振り三振。
得点圏に鬼強い男も、走者不在では力を発揮できていない。
そして――。
「ットライーク、バッターアウト!!」
「(カシ……これは脱帽だね)」
ハーフの大越は151キロのストレートで見逃し三振。
怒涛の三者三振で、7回裏の攻撃も最短で終わらせた。
「っしゃあ!!」
「柏原さんも気迫えぐいっすね」
「ガ、ガチで震えてきた……」
「8回さえ抑えれば9回は下位だな~」
俺も思わず吠えてしまう。
気合が入っているのは此方も同じ。少女の命を背負っている分、こっちの方が勝っているまである。
……そういえば、今の今まで恵の存在を忘れていたな。
それだけ試合に集中していたし、決勝という舞台を楽しめていた。
ただ、ここまでくると流石に意識してしまう。
あとアウト6つ。
それも8回も三者凡退で抑えれば、9回は下位打線と勝負でいる。
プラスしてノーノーのオマケつき。そう考えると、何だか地に足が着かない浮遊感があった。
富士谷002 010 0=3
関越一000 000 0=0
【富】柏原-近藤
【関】池田、仲村、松岡-土村




