86.不動の1、2番
富士谷002 0=2
関越一000 0=0
【富】柏原-近藤
【関】池田、仲村-土村
真夏の阪神甲子園球場には、吹奏楽部が奏でるスマイリーの音色が響いていた。
5回表、富士谷の攻撃は野本から。早くも三打席目を迎えた彼は、左打席でバットを構えている。
一方、マウンドの仲村マグヌス勝彦は、長い体を持て余しながらサインを覗き込んでいた。
好守で関越一高の勢いを断ち切った直後。
流れは富士谷に傾きかけているし、この回は是が非でも追加点が欲しい。
1番から始まるから尚更だ。1人出れば俺、2人出れば堂上まで打順が回る。
「(大丈夫、僕のストレートは打たれない。加速してるからね)」
やがて仲村は縦に頷くと、ワインドアップから投球モーションに入った。
一球目、仲村が放った球は――伸びのある高めのストレート。野本はバットを振り切るも、ボールの下を振り抜いてしまった。
「ットライーク!!」
盛大に空振りしてストライク。
やはりというべきか、長身から放たれる高回転のストレートに合っていない。
野本は意外と大雑把な打撃をするので、この手の投手には特に苦手だろう。
「ボール!!」
二球目、低めのチェンジアップは見送ってボール。
落差と緩急を使った一球だったが、これは野本の選球眼が勝った。
変化球の精度は低め。昨年よりは改善されたけど、この辺りも変わっていない。
そして迎えた三球目、仲村は再びストレートを放った。
白球は高めに吸い込まれていく。野本は迷わずバットを振り抜くが――。
「ットライーク、ツー!」
ボールの下を掠ってしまい、ファウルチップを捕球されてストライクとなった。
「(う~ん……もっと高いのかぁ)」
野本は首を傾げながら足場を慣らしている。
まだ軌道を見れていない。傍から見ると、このまま三振しそうな雰囲気が漂っていた。
「(……よし、思い切ってかなり上から叩いてみよう)」
「(理系なのは見た目だけか。どうやら僕と論じられるレベルではないようだね)」
バットを構え直す野本、ワインドアップから投球モーションに入る仲村。
やがて長身から白球が放たれると――白球は外角低めに吸い込まれていった。
「(これはワンバウンドしそうに見えて……入る!)」
野本は迷わずバットを出そうとしている。
手を出せた部分に関しては上出来。恐らく打席からは低く見えるだろうけど、仲村なら余裕でストライクの軌道である。
しかし――。
「(あっ……!)」
勢いよく振り下ろしたバットは、ボールの上を叩いてしまった。
完全に打ち損じた当たり。ボテボテのゴロはショート渋川の正面に転がっている。
一瞬ばかり脳裏を過る落胆の感情。
ただ、それと同時に、野本の足があれば何かが起こりそうな打球でもあった。
「渋川!」
「(打球が弱すぎる……!)」
渋川は打球に向かって突っ込むと、ラニングスローで一塁に送球する。
一方、野本は俊足を飛ばして一塁に滑り込んでいった。
「どっちだ!?」
「セーフ!!」
「アウトだろ!!」
タイミングはほぼ同時。4回裏に続いて際どいタイミングである。
果たして一塁審の判定は――。
「セーフ!!」
「おおおおおおお!!」
「足はえー!!」
セーフの判定が下されると、野本は右腕でガッツポーズを掲げた。
先頭打者の内野安打で無死一塁。決して良い当たりではなかったけど、結果として追加点のチャンスを演出した。
「(中軸に頼りっぱなしじゃ駄目だよね。たまには俺達で点取らないと)」
続く打者は渡辺。富士谷イチのイケメンが右打席でバットを構える。
スタンドからは吹奏楽部が奏でる「サニーデイサンデイ」の音色が響いていた。
「(せっかく渡辺を2番にしてるしな。仕掛けるか)」
畦上監督は待てのサイン。
渡辺の打順では珍しい。何か作戦があるのだろうか。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
一球目、二球目は高めのストレート。何れも見送ってボール。
この球を振らされている打者が多い中、待てのサインで有利なカウントに持ち越せた。
「(……エンドランで)」
そして迎えた三球目、畦上監督の指示はエンドラン。
タダで送るのは勿体ないという部分で、畦上監督も勝負師らしく賭けに出てきた。
「(了解。変化なら圭太は盗塁できるだろうしストレートに絞ります)」
渡辺はメットの鍔を触ると、再び右打席でバットを構える。
一方、仲村は一つ目のサインに頷いて、セットポジションに入っていた。
「(僕のストレートは打てないよ。HOP-UPしてるからね)」
仲村は左足を上げて投球モーションに入る。
その瞬間――。
「走った!!」
野本はスタートを切って二塁に駆け出した。
ここまではサイン通り。後は渡辺のヒッティングが決まるかどうかである。
「(フォア出したら本末転倒だぜェ! 俺を信じて構えた所に投げろォ!)」
土村の構えに変化はなし。仲村も動じることなく腕を振り下ろしている。
白球は外角に吸い込まれると、渡辺も迷わずバットを出しにいった。
それは――ややボールにも見える、ベースの外側を通過しそうな一球だった。
右打者からしたら一番遠い一球。しかし――。
「(ストレートは空振ったら不味い……!)」
渡辺は器用に合わせると、レベルスイングでバットを振り抜いていった。
「おおおおおおおお!!」
「上手い!!」
ライナー性の打球は一二塁間へ。
あっと言う間に抜けていくと、一塁側スタンドからも歓声が沸き上がる。
そして――。
「(僕の足ならいける!)」
スタートを切っていた野本は、迷わず二塁を蹴っていった。
ライト真正面の当たりでもお構いなし。岸川は片手で捕りにいく……が、強肩でもない彼が刺せる筈もなく。
渡辺は一塁、野本は三塁まで到達し、無死一三塁とチャンスを広げた。
「和也~!」
「(よしよし。2人で点は取れなかったけど、これで1点は固いかな)」
渡辺は一塁ベース上で安堵の息を吐いている。
畦上監督拘りの「送らない2番」が機能してチャンスメイク。
中軸の引き立て役だった野本や渡辺も持ち味を発揮して、更に良い流れに乗れたのではないだろうか。
無死一三塁、ここで迎える打者は下級生最強とも名高い津上。
試合も折り返しが迫る中、大きな大きな追加点が入ろうとしていた。
富士谷002 0=2
関越一000 0=0
【富】柏原-近藤
【関】池田、仲村-土村




