85.守備の名手
富士谷002=2
関越一00=0
【富】柏原-近藤
【関】池田、仲村-土村
3回表、一死無塁。
関越一高は先発の池田を諦めて、エースナンバーの仲村マグヌス勝彦を投入した。
189㎝の長身から振り下ろす右腕。回転数の高い直球には定評があり、最速142キロとは思えないノビを感じる。
このストレートが非常に厄介で、昨年も一巡目は全く手が出なかった。
引き出しが少ないのに加え、体力面に不安が残るので、完投できるような投手ではない……が、継投前提となると話は別。
出来るだけ早い段階で攻略したい。そうしないと、良い形で次の投手に繋がれてしまう。
2点を先制した直後、富士谷の攻撃は5番の堂上から。
強打者が続く並びなだけに、立ち上がりから叩きたかったが、ここで仲村のストレートが牙を剥いた。
「ットライーク、バッターアウト!」
堂上、高めの釣り球に手が出て空振り三振。
「……アウト!」
鈴木はフルカウントまで粘るもセカンドフライ。
共にボールの下を振ってしまい、勢いに乗って追加点とはならなかった。
攻守が入れ替わって3回裏、関越一高の攻撃。
秋山、宮口と初対決の選手が続く並びだったが、レフトフライと空振り三振で仕留めた。
この下位打線も侮れない。秋山は他校なら中軸クラスだし、宮口もしぶといバッティングが出来る。
「(落下を操る柏原くんと加速を操る僕の再戦……。物理を愛する者同士、やはり惹かれ合ってしまうみたいだね。アイザック・ニュートンが発見した万有引力のように)」
二死無塁となり続く打者は仲村。
不敵な笑みを浮かべながら打席に入る――が、彼は今大会ノーヒットの自動アウトである。
この打席は余裕の三球三振。関越一高としては、池田に代打を出す形で継投したかったに違いない。
一方、4回表の富士谷も三者凡退。
仲村の浮き上がるような直球を前に、下位打線は為す術がなく打ち取られている。
関越一高もエースを投入した事で、試合は投手戦の様相を呈してきた。
『4回裏 関越一高の攻撃は 1番 ライト 岸川くん。背番号17』
4回裏、関越一高の攻撃は岸川から。
相手としては、1番から始まる好打順なので、起点を作成したいに違いない。
「(作戦は択一ッ……!)」
岸川はホームに被せるようにバットを構える。
相変わらず打ち辛そうな構え。長打は完全に捨てて、当てる事と当たる事に重きを置いている。
ここまでくると、相手の思惑も読み易いというものだ。
チーム全体でノーヒット、かつ打席には俊足自慢の選手。
こういった流れだと、どのチームも十中八九セーフティバントを仕掛けてくる。
岸川に長打は殆ど無いし、思い切ったシフトを取って良いだろう。
一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いていく
放った球は――外角低めのストレート。岸川は咄嗟にバットを寝かせると、京田も勢いよく前にチャージしてきた。
「(読まれてるッ……けど絶好球だし見逃せんッ……!)」
岸川はバットを引かずにバントを続行している。
外角低めという三塁方向に転がし易いコースなので、後は自慢の足で何とかする算段だ。
「おお!」
「上手い!」
「けど京田も早いぞ!」
岸川が転がした打球は三塁方向へ。
凄まじい速さで走り出すと同時に、京田も鮮やかな動きで白球を捌いている。
そのままジャンピングスローで球を放ると、岸川は頭から滑り込んだ。
「アウト!」
「いやセーフだ!」
ヘッドスライディングと送球はほぼ同時。
シフトを敷いたのにギリギリな辺り、流石は関越一高の切り込み隊長と言うべきか。
後は球審が何方の味方をするかと言ったところ。果たして運命の判定は――。
「アウト!!」
「おお~!!」
「あぁ~……」
一塁審はアウトのコールをすると、スタンドからは歓声と落胆の声が入り混じった。
「はい今日も京田が守備で魅せましたよ皆さん!!」
「ほんと守備だけは無駄に上手いっすよね。逆に何であんなに打てないのかが不思議っす」
「うるせぇ! 俺も津上くらいデカけりゃそれなりに打ってるわ!」
いちいち叫ぶのはどうかと思うけど、京田の守備は本当に信用できる。
小柄な割に肩も強いので、セーフティバントに強い部分も頼もしい。
続く渋川はサードライナー。
上手く捉えられたものの、京田の好守が光っている。
そして迎えた大越の打席。スプリットを上手く打たせて、俺のやや右側にボテボテのゴロが転がってきた。
これを一塁に投げればスリーアウト。
そう思いながら、白球を掴んだ右手を振り抜こうとする。
しかし――。
「……っ!」
「ああ〜」
「えぇ!?」
思うように腕を振れず、白球は横に逸れてしまった。
鈴木はベースを離れて左腕を伸ばしていく。
何とか後ろには逸らさなかったものの、その間に大越は一塁を駆け抜けていた。
「わりぃ」
「ひゅ〜、珍し〜」
「あーあ、完全試合だったのに」
Eのランプが灯って二死一塁。
非常に珍しい俺のエラーに、鈴木や津上も煽っている。
何でもない普通のピッチャーゴロ。その筈なのに、上手く腕が回らなかった。
やはり連投の疲労と肘の不安が響いているのだろうか。
しかし、堂上は爪割れの影響で制球難、下級生はシンプルに実力不足と、関越一高に通用する投手が他にいない。
計6年間、何百イニングと投げた高校野球生活。
あと5イニング少々の辛抱という中で、限界も着実に近付いていた。
「(さてと。反撃の時間だぜ、竜也)」
二死一塁、ここで迎える打者は4番の松岡周平。
吹奏楽部が奏でる「暴れん坊将軍」の音色が響く中、今大会No.1スラッガーが右打席でバットを構えた。
「(下がろ)」
「(フェンス手前でいいよね?)」
「(ふむ……)」
外野陣はかなり深め。
長打を警戒しつつ、一塁走者をホームまで返さない守備陣形だ。
大越は単打でも三塁に進めるけど、背に腹は代えられない。
「(ボールから……だよな)」
近藤の要求は低めのスプリット。
同点ホームランが一番怖いで、石橋を叩いて渡る……と言うよりも、叩き壊してから作り直すくらい慎重に攻めたい所だ。
一球目、俺はセットポジションから左足を上げる。
その瞬間――。
「走った!」
一塁走者の大越は、勢いよくスタートを切っていった。
「(カシなら変化で様子見ると思ったYO)」
「(甘けりゃ打つし変化なら見送る。意地でも俺で1点取ったやんぜ)」
完全に意表を突かれた形。
今更球種を変えられる筈もなく、俺は低めにスプリットを放っていく。
高速変化とはいえワンバウンド。
プラスして、大越は大会屈指の俊足でもある。
二塁刺殺は厳しいか。と、そう思ったのも束の間――。
「(俺なら……刺せる!)」
近藤は左手だけで捕りにいくと、流れるような動きで二塁に送球した。
後逸のリスクを顧みず攻めたプレー。矢のような送球は、カバーに入った津上のグラブに収まっていく。
それと同時に、大越も足から滑り込んでいった。
「際どいぞ!」
「どっちだ!?」
二塁付近には砂塵が巻き上がっている。
またしても判定の際どいプレー。勝利の女神は何方に微笑むのか。
果たして、二塁審の判定は――。
「アウト!!」
「おおおおおおおお!!」
「あれ刺すのかよ!」
アウトのコールが宣告されると、一塁側スタンドからは大歓声が沸き上がった。
「ないすゴリ!」
「旦那のミスを帳消しにしたな〜」
「ふんっ」
これで無事にスリーアウト。
近藤は鼻息を荒らげながらベンチに戻っている。
なにはともあれ助かった。球数的にも状況的にも。
4回裏は初めての走者を出すも、仲間の守備に助けられて無失点。
各々が持ち味を発揮して、流れは再び富士谷に傾こうとしていた。
富士谷002 0=2
関越一000 0=0
【富】柏原-近藤
【関】池田、仲村-土村




