65.大黒柱の隙
聖輝学000 004=4
富士谷111 10=4
【聖】歳川―大松
【富】柏原、堂上、中橋、柏原―近藤
夜暗に包まれた阪神甲子園球場には、某3世のテーマソングの音色が響いていた。
6回裏、富士谷の攻撃は中橋から。同点に追い付かれた直後、その当事者から始まる巡り合せになる。
普段は期待できない下位打線だが、ここは何とか1点取りたい場面だった。
「(下位打線だし楽したいなぁ)」
聖輝学院の投手は前半戦に引き続き歳川。
ここまで球数が少なく、前のイニングを0で抑えたからか、表情は涼しげで余力があるように見える。
もう1つ、今日は地味に被タイムリーが無い。
凡打の間に点は入っているが、要所でギアを上げている感じも否めなかった。
「(取り敢えず1点は取り返す……!)」
「(さーてと、中橋さえ抑えれば後は手抜けるべ)」
やや気負った表情の中橋、だんだん波に乗れてきている歳川。
心境的には真逆な二人の対決は、早々に決着が着く形となった。
「……アウト!」
「ああ〜……」
「オッケー、ワンナウトー!」
中橋は初球を振り抜くも、センター正面のフライとなってしまった。
八百坂が無難に捕らえて1アウト。こうなってくると、この回の攻撃は微塵も期待できない。
何せ後続は近藤、京田の並びだ。連打が出る確率は皆無に等しい。
案の定、近藤は珍しくヒットを放ったが、京田は弱々しいセカンドフライに倒れた。
こんな事なら送れば良かった……とも思ったが、野本も空振り三振に倒れて、どちらにせよと言ったところ。
攻守が入れ替わって7回表、聖輝学院の上位打線を迎える事となった。
尻上がりに調子を上げる歳川とは相対的に、連投かつ再登板、そして100球に迫っている俺は厳しい状況にある。
明日の事もあるから尚更だ。しかし、根本的な部分で、今日勝たなければ俺達に明日はない。
負けた瞬間、高校球児として死ぬ。それが高校3年の夏というステージなのだ。
という事で、明日の事は考えない。
7回表も力の限り力投を披露し、三振、安打、中飛、三振という過程で無得点に抑えた。
終盤の瀬川を乗り越えたのは非常に大きい。
このまま順調にいけば、最後まで打席が回らない可能性がある。
7回裏、富士谷の攻撃は渡辺から。
確定で俺まで打席が回る巡り合せ。それと同時に、展開次第では最後の打席になる可能性もある。
ここで1点は取っておきたい。下手したら今日最後の上位打線だ。
しかし――ここで立ち塞がるのが、余力を存分に持て余した歳川である。
未だに球威は衰えず140キロ超。キレのあるスプリットも健在で、ミート力に定評がある渡辺を空振り三振に仕留めた。
結果的に4点取れたとはいえ、早打ちで助けてしまった感じが否めない。
序盤は何となくで得点が入っていた……が、タイムリーはゼロだったし、5回以降は歳川のペースに飲まれている。
自慢の中軸で何とか打開したい。いや、俺が意地でも何とかする。
「ボール、フォア!」
「(何とか繋ぎましたよ。後は頼んます)」
津上はフルカウントから四球を選び、一死一塁で俺の打席が回ってきた。
スタンドからは吹奏楽部が奏でる「さくらんぼ」の音色が響いている。
最近はチャンステーマが多かったので、この曲で打席に入るのも久し振りな気がした。
「(柏原こえー。こいつ本当に持ってるんだもん)」
「(ビビるなよ歳川。俺の読みが正しけりゃ、そろそろ柏原も悪い所が出る頃だからな)」
表情が少し強張る歳川、相変わらず自信に満ち溢れている瀬川。
俺はバットを構えると、力強い視線でマウンドの歳川を睨んだ。
外野の守備位置は深め。露骨に長打を警戒している。
恐らく長打一本では点が入らない。俺で決めるには柵越が求められる状況だ。
ここは繋いで……とも思ったが、追い込まれるまでは狙ってみよう。
2ストライクまではストレートに絞ってフルスイング。
そうすれば、スプリットやカーブなら空振り、ストレートなら長打と、分かり易い博打に出られる。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
一球目、二球目は露骨なボール球。
枠外のストレート、大きく逸れるカーブで2ボールになった。
やはり歳川には警戒されている。
しかし、一塁は埋まっているという部分で、敬遠という策は考え辛い。
となると、次辺りはコントロールし易い球種で入れてくるだろう。
「(何とかなってくれ……!)」
三球目、歳川はセットポジションから腕を振り下ろした。
放たれた球は――真ん中低めの速い球。俺はミスショットにだけ気を付けながら、白球の軌道に向かってバットを出していった。
ストレートなら会心の一発、スプリットなら空振り。
そう思いながら、掬い上げるようにバットを振り抜いていく。
しかし、次の瞬間――白球は予想よりも小さい変化で沈んでいった。
「(かかった……!)」
「(なっ……!)」
少しだけ表情が緩む歳川、思わず目を丸める俺。
三球目、歳川から放たれた球は――変化の小さいスプリット。
盛大に打ち損じてしまった打球は、歳川の真正面に転がっていった。
「おっけ!」
歳川は落ち着いて打球を捕らえると、二塁に向かって送球していく。
意外とミスが多い投手から二塁への送球。そんな期待も虚しく、白球はカバーに入った瀬川のグラブに収まった。
そして――。
「アウト!!」
「あぁ〜……」
「柏原がゲッツーなんて……」
俺は頭から滑り込むも、送球が先に渡ってスリーアウトとなってしまった。
痛恨の投ゴロ併殺で攻撃終了。どう考えても間に合わなかったけど、滑り込んだのはせめてもの意地だった。
くそっ……小さく沈むスプリットが頭から抜けていた。
それに外野のシフトは深め。単打でも津上は三塁まで行けたし、犠牲フライに定評がある堂上に託すべきだった。
しかし――俺は自分で決めに行ってしまった。そして最悪の結果を招いた。
「切り替えろ柏原! 鈴木よりは当たってる!」
「うぇい!」
「まるで陽ちゃんは当たってるみたいな言い方っすけど、アンタ外野にすら飛んでませんからね」
仲間に励まされながら、飲み物が入ったコップとグラブを受け取る。
一方、三塁側ベンチに退いてる瀬川は、此方を見て笑みを溢した気がした。
「(ほらな、やっぱ自分で決めたがるだろ? 普段は冷静な判断が出来る柏原も、恵の命という重圧が掛かれば本性が出る。その自己中な個人プレーがお前ら2人の"隙"なんだよ)」
聖輝学000 004 0=4
富士谷111 100 0=4
【聖】歳川―大松
【富】柏原、堂上、中橋、柏原―近藤




