64.再臨
聖輝学000 002=2
富士谷111 10=4
【聖】歳川―大松
【富】柏原、堂上、中橋―近藤
「(これは甘いべ……!)」
6回表、二死一二塁。
やや甘く入ったバックドアのスライダーに対して、歳川は迷わずバットを振り抜いてきた。
捉えた当たりはセンター方向へ。勢いのある打球は高々と上がっていく。
その瞬間、スタンドからも歓喜と悲鳴の声が湧き上がった。
「わあああああああああああ!!」
「で、でかいぞ!!」
「入るか!?」
打球はフェンスにも届きそうな角度で飛んでいる。
少し右寄りだった事もあり、俺は野本に遅れる形で打球を追い掛け始めた。
どう見ても俺は間に合わない。後は野本が追い付けるか、或いはフェンスを超えるかである。
打球を追う野本、大きくなる歓声、放物線を描く打球。
果たして白球の行方は――。
「フェア」
「わあああああああああああ!!」
白球はクッションに直撃すると、スタンドからは歓声がドッと爆発した。
逆風の影響だろうか。打球は少し押し戻されて、何とかフェンスオーバーは免れる形となった。
しかし、長打になってしまった上に、ツーアウトなので走者も迷わず進塁している……!
「よっしゃー!」
「鎌倉も戻ってこい!!」
先ずは二塁走者の小手森がホームイン。
雄叫びを上げながらガッツポーズを掲げている。
一方、一塁走者の鎌倉も、迷わず三塁を蹴ってホームに突っ込んでいた。
鎌倉の体格は178cm86kg。数字を見ても足が速いとは思えない。
ただ、野本の肩も強くないので、際どいタイミングになりそうだった。
「俺が行きます」
「任せた!」
中継にはショートの津上が入っている。
距離が近かった渡辺よりも、強肩の津上に望みを託す算段だ。
野本から津上へ、津上から近藤へと白球が渡っていく。
それと同時に、鎌倉もドスドスとした走りで足から滑り込んでいった。
「セーフ!」
「アウトだ!」
判定を主張する両者の選手。
ホームの付近には砂塵が巻き上がり、辺りは少しばかりの静寂に包まれていた。
果たして、球審の判定は――。
「セーフ!!」
「っしゃあ!!」
「同点だああああああああ!!」
球審の両腕は横に広がると、三塁側スタンドは歓喜の渦に飲み込まれた。
エース歳川のフェンス直撃ツーベース。これが走者一掃の同点打となり、試合は一気に振り出しまで戻されてしまった。
「おいおい……」
「マジかよ」
「堂上も無理だろ? 富士谷どーすんの?」
快勝ペースから一転、同点まで追い付かれた事で、一塁側スタンドは御通夜ムードになっている。
それも普通の同点ではない。俺は消耗し、堂上も爪が割れていて、中橋が攻略された上での同点だ。
この絶望はあまりにも計り知れない。
かと言って、芳賀ガチャを回すのも危険だし、1年生の吉岡には荷が重過ぎる。
津上も久しく登板していない。戸田や上野原に至っては論外だ
となると、かくなる上は――。
「(畦上先生……!)」
「夏樹、タイムだ!」
「うっす!」
俺の再登板しかない。
中橋がレフト、堂上がライト、そして俺がピッチャーへ。
中橋とはすれ違う事なく、マウンドに戻ってくる形となった。
この再登板は地味に辛い。
1イニング持たずに降板した明八戦とは違い、しっかり80球以上投げた上での再登板だ。
シンプルに疲労が溜まっている。肘だけでなく、肩や身体にも重さがある感じが否めなかった。
『都立富士谷高校 シートの変更をお知らせ致します。ピッチャーの中橋くんがレフト、レフトの堂上くんがライト、ライトの柏原くんがピッチャーに入ります』
アナウンスが流れる中、8割の力で投球練習を済ませていく。
とにかく今は体力温存が最優先。どうせ肩は出来ているし、真面目に練習する必要はない。
「……プレイ!」
『只今のバッターは 9番 平野くん』
二死二塁となり、左打者の平野がバットを構える。
彼は準々決勝では2番だった。小柄な9番打者ではあるけれど、打力は決して侮れない。
「(ま、こうなるわな。2度も後輩に託す度胸は柏原にはねぇし)」
三塁側ベンチの瀬川も少し得意気に見える。
恐らく、この再登板は彼の思う壺。待球は再登板で崩す為の布石で間違いない。
そして……中橋の登板は、相手にとって嬉しい誤算と言った所だろう。
点差は同点だが、状況的には圧倒的に劣勢。
投手陣の余力もさることながら、目に見えない「勢い」も聖輝学院に味方している。
しかし――。
「ットライーク!!」
「(うわ、全然球威落ちてねぇ)」
ここで勢いを断てなきゃドラフト候補のエースじゃない。
一球目、内角147キロのストレートは、空振りを奪ってストライクとなった。
「ットライーク、ツー!」
二球目、バックドアの高速スライダー。これは見逃されてストライクとなった。
たった2球で2ストライク。あまりのテンポの良さに、早くも打線が途切れそうな予感が漂っている。
「(こうなったら……さっきみたいに粘ってやる!)」
平野はバットを短く握り直した。
とは言っても、此方のやる事は変わらない。
最後は決め球で仕留めるのみだ。
そして迎えた三球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いていった。
放たれた球は――外角低めに決まるスプリット。
平野は合わせるようにバットを出していくが――。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「(くそっ、手が出ちまった)」
バットは空を切って空振り三振。
相手のペースに持ち込まれかけたが、何とか同点で勢いを止めた。
「……すいません」
「打たれるのは仕方ねぇよ。打撃と守備で挽回頼むぜ」
「はい……!」
中橋を励ましながら、仲間が待つ一塁側ベンチに退いていく。
なにはともあれ、同点に追い付かれた事実は変わらない。
点を取って俺が抑える。それだけだ。
終盤を迎えつつある準決勝第2試合。
富士谷の圧勝ペースから一転、先行きの分からない展開になってしまった。
聖輝学000 004=4
富士谷111 10=4
【聖】歳川―大松
【富】柏原、堂上、中橋、柏原―近藤




