56.安直だけど嫌な作戦
聖輝学=0
富士谷=0
【聖】歳川―大松
【富】柏原―近藤
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
18時半に開始された第2試合は、既に照明が全点灯するナイターゲームとなっていた。
1回表、一死無塁。先頭打者を幸先良く抑えた中で、2番打者の大泉が左打席に入る。
三塁側スタンドからは、100人を超える部員達の口から、大迫力の口ラッパの音色が響いてきた。
大泉は正史では補欠だった選手。
しかし、甲子園では代打で3打数2安打だった他、大学では名門の明神大学で不動の二塁手だった。
他に不安要素があるのかも分からないが、選手としての力量が高いのは間違いない。
ちなみに、大泉は瀬川徹平の従兄弟でもある。
つまり恵とも親戚であり、何度か会った事はあるらしい。
ただ、徹平と恵はお互いの父が兄弟という繋がり。
一方で、大泉は徹平の母方の繋がりで、恵と大泉は関係が薄いとの事だった。
だから有意義な情報も無し。
強いて言うなら、性格は弟分気質で、野球も野球留学も瀬川徹平の影響との事だ。
強気な性格ではないのは間違いない。尤も、試合になると変わる人間もいるけれど。
「(これが柏原か。マウンドで見ると大きいなぁ)」
大泉はヘッドを寝かせるようにしてバットを構える。
彼は渡辺と同様、レベルスイングで振り抜くタイプだ。大きい当たりは少ないけれど、ライナー性の鋭い打球を広角に打ち分けられる。
この手の打者には縦変化を軸にしたい。バットを水平に出してくるので、横の変化には合わせ易いだろう。
という事で、大泉にはスプリットを軸に組み立てようとした。
しかし――。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
スクリュー、スプリットを見送られ、あっと言う間に2ボールとなってしまった。
どちらも狙い球ではなかったのか。八百坂に続いて随分と消極的だな。
「(ワンアウトだし取りにいこう。単打までならオッケーだろ)」
ここで近藤は外のストレートを要求。
シングルなら問題ないという部分で、打たれる覚悟でカウントを取りに行く算段だ。
スプリットの後のストレートは手が出し辛い筈。
そう思いながら、俺はセットポジションから右腕を振り抜いていく。
白球は構えた所に吸い込まれると――大泉はバットを止めてきた。
「ットライーク!!」
球審の右腕が上がってストライク。
反応はしたものの手は出して来ない。追い込まれてからのスプリットが怖くないのだろうか。
「ットライーク、ツー!」
四球目、バックドアのスライダーも見逃してストライク。
当て易そうな横の変化にも全く動じない。もはや打つ気が無いようにすら思えてしまう。
って、まさか――。
「ファール!」
五球目、内角のストレートはバックネットに飛んでファール。
「ファール!!」
六球目、外角のスプリットは強引に当ててファール。
そして――。
「ファール!!」
七球目、外のストレートは一塁側ベンチに飛んでファールとなった。
こいつ……露骨に耐球してやがる。八百坂も消極的に見えたし、恐らくチーム単位での作戦だろう。
安直かつ聖輝学院へのリターンも少ないが、富士谷としても非常に嫌らしい戦法だ。
富士谷には堂上がいる以上、耐球してまで俺を降ろすメリットは薄い。
何故なら耐球している間は得点力が落ちるから。次に出てくる投手も好投手と考えたら、得点力を下げてまで耐球する意味が無いのだ。
そういった意味でも、今まで富士谷に耐球を仕掛けるチームは少なく、当時のスプリット制限に気付いた福生くらいだった。
ただ、これは今の富士谷には地味に響く作戦でもある。
俺は昨日も含めて3連投を見据える身。プラスして、隠してはいるが肘の怪我もある。
その中での耐球作戦というのは都合が悪い。つまるところ「聖輝学院にメリットは無く、富士谷には都合が悪い」という最悪の作戦だった。
「……アウトッ!」
結局、小泉はストレートを詰まらせてセカンドゴロ。
しかし11球目も使ってしまった。八百坂にも7球を投じたので、既に18球も投じている事になる。
仮に瀬川を2球で抑えても180球ペース。この球数は大変よろしくない。
『3番 ショート 瀬川くん。背番号 6』
「(さーてと、いっちょ狙ってみるか)」
二死無塁となり続く打者は瀬川徹平。
太鼓と口ラッパの激しい音が響く中、右打席でバットを構えた。
「(とっとと追い込むか?)」
近藤の要求は外のストレート。
耐球傾向にあるのも分かったし、早めに追い込んでいく算段だ。
しかし――。
「(……え、様子みんの?)」
俺は迷わず首を横に振った。
ここで簡単に入れに行ったら相手の思うツボ。
相手としては待望の先制アーチを献上する恐れがある。
俺は5回を投げ切ればいい。
3点くらいのリードがあれば、堂上でも安心して抑えられる。
そう思いながら腕を振り抜くと、瀬川は迷わずフルスイングしてきた。
「ットライーク!!」
白球はバットの下を潜ってストライク。
やはり初球を狙ってきたな。この動きを見るに、彼だけは作戦を無視しているに違いない。
だから1年前は見送れたスプリットを簡単に振ってしまった。
「(ッチ、初球からスプリットかよ。もっと次を見据えてると思ったんだけどな)」
瀬川徹平は黙々とバットを構え直している。
取り敢えずカウントは1つ有利。ただ、瀬川徹平にも粘られたら本末転倒だ。
一旦フルスイングは封じた事だし、後はストライク先行の投球に切り替えていく。
「ットライーク、ツー!」
「ファール!」
「ファール!」
二球目、外のストレートは見逃されてストライク。
三球目、四球目の変化球は何れもカットされてファール。
やはり耐球に切り替えてきたな。本当に地味だけど嫌な作戦だ。
「(幾らでもカットしてやんぜ。早めに引っ込めたいしな)」
そして迎えた四球目、俺は白球を力強く握り込んだ。
とっとと終わらせてしまおう。例え転生者と言えど、本気の球はそう簡単には打てない筈だ。
俺はセットポジションから投球モーションに入ると、肘の痛みに耐えながら力強く腕を振り抜いていった。
白球は外角低めに吸い込まれていく。瀬川は当てるようにバットを出すも――。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(ッチ、流石に速いな。本当にサイドかよ)」
バットは空を切って空振り三振。
最後は153キロのストレートが決まり、俺は流れるような動きで一塁側ベンチに走った。
聖輝学0=0
富士谷=0
【聖】歳川―大松
【富】柏原―近藤




