54.ささやかな牽制
大阪王蔭000 12=3
関越一高100 00=1
【大】根市―森沢
【関】仲村―土村
阪神甲子園球場。大会本部。
俺と瀬川徹平、畦上監督と斎木監督が対峙すると、先ずはメンバー表の交換を行った。
尚、聖輝学院のメンバーは下記の通りである。
【聖輝学院】
中 八百坂
二 大泉
遊 瀬川
右 栗城
一 小手森
左 鎌倉
捕 大松
投 歳川
三 平野
先発は予想通りエースの歳川。
最速145キロの直球に加えて、落差の違う複数のスプリットも扱う本格右腕だ。
昨年の選抜では完封を許した相手でもあり、高成ほどではないが侮れない。
野手も力のある選手が揃っている。
瀬川徹平は言うまでもなく、弟がプロ野球選手になる八百坂、パンチ力のある栗城や鎌倉など。
彼らにプラスして、正史では補欠だった大泉と小手森も加わり、東北最強の強力打線が仕上がった。
聖輝学院の斎木監督は、選手の生き様や気合いといった面を高く評価する傾向にある。
その中で、大泉と小手森は野球の実力がありながらも、精神的な部分が評価されずに補欠の選手だった。
瀬川が大泉達に気に入られ方を教えたのか。
それとも、瀬川の優勝したいという熱意が伝わり、斎木監督が実力主義のオーダーを組んだのか。
詳細は分からないけれど、この変更には彼が一枚噛んでいるのだろう。
「(……ッチ、柏原かよ。堂上だと思ったんだけどな)」
一方、此方のオーダー表を見た瀬川は、舌打ちしながら表情を歪めていた。
もしかしたら堂上を想定していたのかもしれない。まぁ……恵曰く、瀬川徹平は何時もこんな感じらしいが。
「(ま、いいや。プランは幾らでもある。そっちも出来れば温存したいだろうし、痛いとこ突かせてもらうぜ)」
瀬川は息を吐くと、顔を上げて此方を見てきた。
続けて先攻後攻を決める。先攻を取る理由は1ミリもないし、勝ったら後攻択一だ。
「じゃんけん」
「ぽんっ」
「じゃ、後攻で」
「ッチ……先攻かよ」
俺はチョキ、瀬川はパーを出して、俺は後攻を選択した。
よしよし、幸先は良いな。100%負けてた木更津とのジャンケンが懐かしい。
攻撃回数に変わりはないけど、後攻を取れると1つ優位を取れた感じがする。
「……」
一通りの準備を終えて、俺と瀬川の視線が交差する。
恐らく彼はAランクの転生者。つまるところ、転生に関する全ての事情を知っている筈だ。
情報では相手に分がある。ただ、選手としては此方が上だと信じたい。
「……勝ったら全部教えてやるよ。勝てたらの話だけどな」
「ああ。嫌でも吐かせてやるわ」
お互い小さな声で、曖昧な表現で言葉を交わした。
斎木監督や役員もいる手前、みなまでは言えなかったけれど、これは瀬川徹平からの宣戦布告で間違いない。
勝ったら全てを……恵の助け方を教えて貰える。予想していた通り、そういう位置付けの試合となった。
「ま、1つだけ言えるのは……優勝すれば間違いねーんじゃねーかな。じゃ、また試合で」
瀬川徹平はそう告げると、背を向けながら笑みを浮かべた気がした。
これは……優勝したら恵が助かる、という構図の確約と取って良いのだろうか。
わからない。わからないけど――今までは希望的観測だった中で、明確なゴールが見えた気がした。
「(これで更に明日を見据えたくなったろ? せいぜい俺の掌で踊ってくれよ、今の俺は優勝の為なら何でもするぜ)」
※
一方、第1試合はというと、後半戦開始早々に大きな動きを見せていた。
6回表、関越一高は仲村マグヌスを諦めて周平を投入。しかし――。
「(宇治原君や柏原君、堂前君に揉まれてきた僕達の敵ではないですね)」
「(俺らは打倒柏原やねん。こんなパチモン余裕や!)」
火に油を注ぐ形となってしまい、連打連打で早々に3点を献上してしまった。
これでスコアは6対1。いくら凶悪な関越一高打線とはいえ、根市相手だと考えると厳しい点差になってきている。
「棚ちゃんの彼氏がっ……!」
「あいつらマジで負けんじゃねーの」
「やっぱフラグでしたね」
富士谷の面々の間でも、何となく「次は大阪王蔭だろう」という雰囲気が漂っていた。
投手陣に難がある関越一高とは違い、大阪王蔭には最速150キロ近いPが三枚控えている。
こうなってくると、逆転は難しいと考えるのが普通だろう。
ただ、何が起こるか分からないのが高校野球だ。
6回裏、関越一高は連打と犠飛で何とか2点を返すと、ここで大阪王蔭は根市から柿本にスイッチした。
柿本は良くも悪くも根市と似た投手。故に、関越一高打線はタイミングが合っている。
ここまで噛み合わなかった凶悪クリーンナップも、時が来たと言わんばかりに大爆発した。
「わあああああああああ!!」
「黒人は反則やろ!」
「(FOOOOOO! これはいったネ!)」
先ずは3番、大越がセンターへのソロアーチを放つと、
「(よっしゃ、やっと勝負して貰えたぜ)」
「ええええええええええ!?」
「また入った!」
続く周平も推定140mの特大バックスクリーン直撃弾を放つ。
そして――。
「待ってたぜェ! そのゲロ甘変化球をよォ!!」
「バックスクリーン三連発の再来や!」
「猛虎魂しか感じへん!」
土村は叫びながら変化球を叩くと、白球はバックスクリーン下部に直撃した。
まさかのホームラン攻勢で試合は振り出し。
バックスクリーン三連発の再現に、阪神甲子園球場のスタンドも大いに盛り上がっている。
「嘘やろ……地元なのにアウェーやん……」
「横波、もうお前しかおらん! 神ピッチ見せてくれや!」
あっと言う間に追い付かれ、大阪王蔭のベンチも動揺を隠せていない。
投手も柿本から左腕の横波にスイッチ。彼は196cmの長身から最速148キロの速球を投げられるものの、制球力に難があり安定感に欠けている。
当然、強力打線でありながら試合巧者の関越一高に、ギャンブル要素の強い投手が通用する訳もなく――。
「おおおおおおおお!!」
「また打った!」
「回れ回れ!!」
「根市ぃ! もう1回マウンドや!」
四死球やバント失策も絡んで3点勝ち越し。
合計1イニング8得点の猛攻で、関越一高が久々にリードを奪った。
その間、投手は再びエースの根市へ。大阪王蔭としては大誤算も良いところである。
ここから先は、お互いに守る気ゼロの壮絶な乱打戦となった。
関越一高は池田や上原もマウンドへ。当然、通用する訳もなく失点を重ねていく。
再登板となった根市の投球も苦しく、関越一高の勢いを止められなかった。
8回を終了した時点で10対13。関越一高の3点リードで最終回を迎える。
そして迎えた9回表、大阪王蔭は何とか1点を返すも、反撃はここまでだった。
「アウト!」
「わああああああああああああ!!」
「長かったああああああ!」
最後は二死二三塁からの痛烈なショートライナーで試合終了。
ラストバッターとなった根市は、アウトが宣告されると同時に、ヘルメットを脱いで天を仰いだ。
「涙が出てくる……何故……?」
「根市ぃ……今日は泣いてええんやでぇ……」
3期連続準優勝だった大阪王蔭はここで脱落。
俺の古巣でもある関越一高が、一足先に決勝戦へ駒を進めた。
大阪王蔭000 123 131=11
関越一高100 008 31x=13
【大】根市、柿本、横波、根市―森沢
【関】仲村、松岡、池田、上原―土村
取り敢えず5日に1話ペースなら何とかなりそうです。
仕事も落ち着く年末年始で書き貯めしたい……!




