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40.肘痛との戦い

都富士谷0=0

前橋英徳=0

【富】柏原-近藤

【前】高成-戸丸

 1回裏を迎えた阪神甲子園球場には、ブラスバンドが奏でる「run and go」の音色が響いていた。

 これは前橋英徳のオリジナル応援曲。東京では聴けない鉄琴の音色が、心なしか美しく感じる気がする。

 ちなみに余談だが、群馬の高校球児はこの曲を聴くと震え上がるらしい。


「ふぅ……」


 俺はマウンドの上で小さく息を吐く。

 実に約3週間振りの登板。ただ、その数字以上に懐かしく、そして待ちわびた瞬間だった。


 甲子園のマウンドは実に1年振り。

 そして、正史では叶わなかった「3年目の甲子園のマウンド」でもある。 

 二度の人生を使って、俺は投手としての憧れを一つ叶えたのだ。 


『1回裏 前橋英徳高校の攻撃は 1番センター丸山くん。背番号18』

「しゃっす!」


 先頭打者は2年生の丸山。左打席でバットを構える。

 彼は俊足強肩で身体能力の高い選手だ。特に苦手なコースもなく、狙いを絞らず感覚で打ってくる傾向にある。

 あまりボールを見極めるタイプではないし、ボール球を打たせる投球を心掛けたい。

 

「(久々の登板だしな。無難に外のストレートからで)」


 近藤の要求は外角低めのストレート。

 異論はないな。肘の状態も不安だし、出来る限り変化球は節約しよう。


 懸念は肘の状態だけ。

 そう思いながら、慎重に右腕を振り抜いていく。

 白球は構えた所に吸い込まれていくと、次の瞬間――。

 

「(スプリットが来る前に仕留める……!)」

 

 丸山は迷わずバットを出してきた。

 打球はサードの真正面へ。京田は軽快な動きでゴロを捌いていく。

 俊足の丸山も際どいタイミングで一塁を駆け抜ける……が、送球が先でアウトになった。


「はい俺のお陰!!」

「ついてるっすねー」

「ひゅ~、幸先いいね~!」


 初球を打ってくれてワンアウト。

 球数的には非常に助かったな。普段なら三振を狙っているけど、肘の状態を考えたらこれでいい。

  

「(フォア少ないだろうし後ろに堂上いるからな。打てそうな球は打ってみよっと)」


 続く打者は吉沢。相変わらずrun and goの音色が流れる中、左打席でバットを構える。

 前橋英徳の応援はメドレー式。打者毎ではなく、イニング毎にループする曲が決まっている方式だ。


「(スクリューで様子見るか)」


 近藤の要求は外のスクリュー。

 丸山が積極的に振ってきたので、早打ちを警戒してボールから入る算段だ。


 一球目、俺はテンポよく腕を振り抜いていく。

 白球は構えた所よりも外に逸れると、吉沢は悠々と見送ってきた。


「ボール!」


 外のスクリューが抜けてボール。

 どうしても感覚が探り探りになるな。肘の捻りが入る変化球は特に怖い。


「(バックドアで入れよう)」


 二球目はバックドアの高速スライダー。

 カウントを悪くする前にストライクを取る算段。球数は節約したいし、ここは素直に従っておこう。


 スライダーならストレートに近い腕の振りで投げられる。

 そう思いながら、俺は投球モーションに入っていく。

 放った球は少し高めに浮くと、次の瞬間――。


「(これなら打てんじゃね……!?)」

  

 吉沢はバットを振り抜いてきた。

 綺麗に弾き返した打球はセンター方向に飛んでいく。これが野本の前でワンバウンドし、センター前ヒットになった。


 今のは枠に入れにいく意識が強すぎたな。つい甘くなってしまった。

 一死一塁となり迎える打者は三番の戸丸。ただ、一死で中軸にも関わらず、投げる前からバットを寝かせてきた。


 前橋英徳は強力打線というよりは、手堅い野球で1点を取りに行くスタイルだ。

 投手が俺という事も考慮して、今日はとにかく得点圏に走者を進める方針なのだろう。


 この送りバントは無難に決まり、二死二塁で4番の皆川に打順が回ってきた。

 最悪、この打者は四死球でもいい。5番の飯島も良い打者ではあるが、皆川に比べると1枚落ちる。


「ットライーク!!」


 一球目、外の高速スライダーは空振りしてストライク。

 妙に積極的だな。スプリットが来る前に打ちたい、という姿勢が露骨に出ている。


「ットライーク、ツー!!」


 二球目はインローのストレート。これは見逃されてストライクになった。

 正確に言えば手が出なかったと言うべきか。外のスライダーの直後だと、内のストレートは思ってた以上に近く見える。

 四球前提のつもりだったけど、楽に追い込めたし決めてしまおう。


「(んー……スプリット来るか?)」


 皆川は右打席でバットを構え直す。

 彼の高校通算本塁打は22本塁打。これは二遊間や足が売りの選手なら、高卒ドラフト候補になり得る数字だ。

 その程度には長打力がある。甘く入ったら一発があるのは間違いない。


 三球目、俺はセットポジションから投球モーションに入る。

 近藤の構えは外角低め。その構えたミットを目掛けて、俺は腕を振り抜いていく。

 白球は構えた所に吸い込まれると――そのまま真っ直ぐ吸い込まれていった。


「ットライーク! バッターアウトッ!」

「(ストレートで三球勝負かよ……!)」


 最後は150キロのストレートで見逃し三振。

 手を出せなかった皆川は、苦笑いを浮かべながらベンチに退いていった。


「さすが柏原!!」

「やっぱ良い投手ですねぇ」

「これは投手戦になりそうだなー」


 無難な立ち上がりにスタンドも沸いている。

 取り敢えず初回は誤魔化せたな。球速としても150キロは出たし、まさか怪我しているとは思っていないだろう。


 この調子だと、後先考えないなら完投できそうだな。

 と、そんな事を思いながら、俺は打席に入る準備を始めた。

都富士谷0=0

前橋英徳0=0

【富】柏原-近藤

【前】高成-戸丸

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