63.一点の重み
都大二211 00=4
富士谷112 0=4
(二)折坂、横山―小西
(富)柏原、堂上―近藤
試合は打って変わって投手戦となった。
5回表、都大二高の攻撃は、走者を2人出しながらも、三振と投ゴロでピンチを切り抜けた。
「堂上、ナイスピッチ」
「ふむ……そう見えるか。まだ球数が多く、テンポが悪いと思うのだがな」
「お、おう……。まあ抑えりゃなんでもいいよ」
無表情で謙遜する堂上に、俺は困惑気味に言葉を返した。
都大二高の打者は枠内の変化球、特にチェンジアップに合っていない。
恐らく、徹底して高速域の球に対策を絞っていたのだろう。
そんな事よりも、いま問題なのは打つ方だ。
本来なら負傷した筈のエース・横山さんは、どう見ても万全の状態だった。
未だに信じられない。正史で読んだ記事では、確かに肉離れを起こしていて、それは恵も確認していたのに。
「読みを外した事なら気にするな。どんな投手でも打てばいいだけの話だろう」
「そうそう、仕方ないっしょ~」
俯いていた俺を見て、堂上と鈴木はそう言った。
正史を知らない選手達は、思っていたよりも動揺していない。
それが普通の反応だ。ここまで動揺するのは俺と恵くらいだろう。
何故、横山さんは登板できたのか。
わからない。わからないけど――この投手を打てなければ、俺達に明日はない。
5回裏、先頭の野本は空振り三振に打ち取られ、続く渡辺もピッチャーゴロとなった。
あっさりと二死を取られるも、孝太さんは粘った末に左中間を貫く。これが二塁打となり、二死二塁となった。
『4番 レフト 柏原くん。背番号 1』
一打勝ち越しの好機で俺に回ってきた。
聞き慣れたさくらんぼと共に、右打席へと足を運ぶ。
マウンドには西東京No.1右腕・横山達平。
182cm85kgと大柄な体格。MAX146キロの直球に加え、二種類のスライダー、カーブ、チェンジアップを投げ分ける。
特に、鋭く落ちる縦スライダーは超高校級で、多くの強打者から空振りを奪ってきた。
一球目、外いっぱいのストレート。
手が出ずにストライク。スタンドが響動めくと、俺はバックスクリーンを見上げた。
「148って……マジかよ……」
MAXを2キロ更新して148キロ。
なんてことはない。MAX146キロというのは夏前までの数字に過ぎなかった。
正史の横山さんは神宮では投げなかった。けど今回は登板して、あっさりと最速を更新した。
恐らく、追い込まれたら縦スラが来る。
次のストライクを打ちたいが、狙い球を絞れない。
速い球を狙いつつ、遅い球には腕だけで合わせよう。
二球目、内寄りの速い球。
タイミングは完璧――と思ったその時、白球は消えるように落ちていった。
「ットライーク!!」
バットが空を切ってストライク。
これが縦スラか。甘い失投に見える軌道から、鋭く落ちてワンバウンドする。
今までの投手とは次元が違うな。この球を見逃すのは容易ではない。
三球目、またも縦スライダー。
今度は見送ってボール。予測していれば見逃せるが、これだと枠内の球には対応できない。
やはり捨てるしかないな。縦スラが来たら気合いで当てる、それしかない。
ツーストライク、ワンボールからの四球目、外に逃げる遅い球。
ボールになるカーブだが――この対決において、その遊び球は隙でしかない。
体が勝手に反応すると、捉えた当たりは右中間に飛んでいった。
「おおおおおお!」
「抜けるか!?」
大歓声に包まれながら、バットを捨てて走り出す。
どう見ても長打コースの打球だった。しかし――。
「………………アウトォッ!」
ライトの大野さんは走りながら、ギリギリで白球を捕らえた。
くそ、投げた瞬間に右中間を詰めていたみたいだな。
確かに俺は左中間、右中間への当たりが多いが――思い切りが良いにも程がある。
相手に柏原研究家でもいるのかよ、と言いたくなるくらい、今日の俺はマークされている気がした。
6回表、都大二高の攻撃は横山さんから。
今日は途中交代で8番に入っているが、本来なら中軸を打つ右の強打者。
その初球――。
「うわああああああああああ!!」
「まじかーー!!」
直球を簡単に捉えると、打球は左中間を貫いていった。
俺は手際よく処理するが二塁は間に合わない。中継の渡辺まで返して無死二塁となった。
ラストバッターの小西さんは送りバント、これで一死三塁。
続く菅野さんには慎重に攻めた結果、四球を与える事となった。
これは悪くない判断だ。菅野さんは当たっているし、三塁走者が横山さんなら、本塁へのディレードスチールも無いだろう。
一死一三塁、背番号16の八谷さんが右打席に入った。
174cm63kgと線の細い2年生で、小技と守備には定評がある。
スタメンに抜擢された理由も、富士谷の脆い内野守備を掻き乱す為だろう。
一球目、二球目はバントの構えだけ。
共に外れてボール。都大二高にスクイズの印象はないが、この打者なら仕掛ける可能性がある。
横山さんが投げてる中で、1点でもリードされるのは危険だ。
慎重になるのは仕方がない。ただ、一死満塁で中軸に回す訳にもいかないので、この打者との勝負は避けられない。
三球目、八谷さんはバットを寝かせた。
三塁走者はスタートを切る。予想通りのスクイズは、ピッチャー前へと転がった。
「(くそ、間に合わない……!)」
遠目で見ても分かった。
良い具合に打球が死んでいて、タッチプレーで刺すのは難しい。
せめて打者はアウトに――そう願いながら見届けると、堂上は落ち着いて一塁に放った。
負けず嫌いな堂上の事だから、ムキになってホームに投げると思ってしまった。
ホッと安堵の息が漏れる。しかし、そう安心している場合でもない。
今は乱打戦を想定していた序盤とは違う。
投手戦において、この1点の重みは計り知れない。
都大二211 001=5
富士谷112 00=4
(二)折坂、横山―小西
(富)柏原、堂上―近藤