26.やっぱ辛い
柏原達が退室した瞬間、恵はどこか冷たい表情を見せた。
元気だった今までとは一転、物凄く不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。
そんな恵の姿を見て、私は少しだけ戸惑ってしまった。
「いいよね、皆は楽しそうで。なんか私ばっか辛い目に合ってて嫌になっちゃうよ」
「恵……」
恵は溜め息を吐きながら言葉を漏らす。
親子で挑んだ最後の大会はコールド負け。柏原への告白も撃沈したし、回避できると思われていた白血病も患った。
新チーム結成以降の1年間、苦い思い出が続いたのは間違いない。
「神様は残酷だよね。ずーっとマネ頑張ってきたのに、最後の夏が病室だよ? もうちょっと掛かるの遅くてもよかったじゃん」
「そうだな」
弱音を吐き続ける恵に対して、私は口先だけで肯定する。
病気は誰の仕業でもない。故に怒りを向ける矛先もなく、やり場のない思いが溢れてしまうのだろう。
「てかさ、かっしーも薄情だと思わない? どうせ私死ぬんだからさ~、それまで付き合ってくれても良かったのに」
「死ぬとは限らないだろ。そう自暴自棄になるなよ」
「はぁ」
そんな言葉を交わすと、恵は呆れたように息を吐いた。
人を小馬鹿にしたような反応。一番辛いのは恵だし仕方ないけど、少しだけ苛立ってしまう。
「なんだよ」
「彼氏できて浮かれてるなっちゃんには、私の気持ちなんて分からないんだろうなって」
「そんな言い方ないだろ」
「事実じゃん。なっちゃんも琴ちゃんも不幸な私に自慢してるようにしか思えないもん」
「だから、そんなんじゃ――」
私はそこまで言い掛けると、恵は飾ってあった細い花瓶を掴んだ。
流石にそれは洒落にならない。そう思って身構える……が、元々非力な上に病人の恵に、漫画やドラマのような投擲ができる筈もなく。
怒りに任せて投げられたであろう花瓶は、緩やかな弧を描いて床で弾けた。
「嫌味だよ全部。なっちゃんや琴ちゃんも恋バナも……甲子園で楽しそうに過ごす皆の事も……」
恵は瞳に涙を浮かべてそう言葉を溢した。
彼女は一人だけ蚊帳の外だ。それも、ただハブられた訳ではなく、病気という不幸の仕業で隔離されている。
情緒も不安定になっているだろうし、疎外感と嫉妬を強く感じてしまったのだろう。
「もう帰ってよぉ……」
「ごめんな。もう来れないけど、また電話はするから」
「……うん」
頭から布団を被る恵を、私は布団越しに抱き締めた。
その誠意が通じたのか、少しだけ落ち着いてくれた感じがする。
ただ、わざわざ東京まで戻った見舞いは、恵を傷付けるだけの結果に終わってしまった。
※
部屋の前まで来ていた俺は、花瓶の割れる音で全てを察してしまった。
やはりというべきか、恵は機嫌を損ねていたようだ。恵は勿論、置き去りにした夏美にも罪悪感を感じてしまう。
思えば、恵は風邪で休んだ時も精神的に病み気味だった。
普段は明るくて気さくだけど、病気には滅法弱いのかもしれない。
この見舞いは軽率過ぎたな。少なくともメンバーと話題は完全に間違えた。
「おまたせっ。入らないの?」
「なんか具合悪くなってきたみたい。先に出てようか」
「えっ、心配!」
「ちょっと喋り過ぎただけだと思うよ」
便所から戻ってきた琴穂を、バレないように外へと誘導する。
不要な接触は避けよう。その方がお互いにも傷付かない。
しかし……これは未来人でも正解が分からないな。
完全に放置するのも可哀そうだが、かと言って喋り過ぎても刺激してしまう。
人生に1度あるかないかの経験だとは思うけど「大会中の部員の見舞い」の難しさを痛感させられた。




