表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
621/699

25.二週間ぶりの彼女は

 2012年8月15日。

 俺達は朝イチの新幹線で、新大阪から東京へと戻っていた。


 東京に一時帰宅するなら2回戦の後がラストチャンス。

 3回戦以降は中1日ないし連戦になるので、とてもじゃないが戻っている暇なんてない。

 という事で、琴穂と夏美と共に東海道新幹線に乗っていた。


「やっぱ止めとけばよかったかなぁ」

「何で?」

「ほら、私が一緒だと嫌味っぽくなりそうじゃんっ」

「大丈夫だって。もっと恵を信用してやれよ」 


 俺の横では、琴穂と夏美がそんな言葉を交わしている。

 一応、恵と琴穂は恋敵だ。勝利した琴穂としては、俺とセットで訪問するのは気が引けるらしい。

 尤も、俺と夏美が二人で行く予定だった中で、琴穂は自ら立候補してきた訳だが。


 とまぁ、一抹の不安を覚えながらも、新幹線は東京に向けて進んでいった。

 その間、甲子園では第1試合がスタート。関越一高と浦環学院の好カードだったが、序盤から関越一高が強打で圧倒している。

 こう……何度も言うけど複雑だな。俺が居た関越一高は東東京で4回戦敗退だったのに。


 試合は5回を終了した時点で8対3。

 やはり投手陣には課題が残るみたいで、そこだけが唯一の救いではある。

 尚、その頃には現地にも到着していて、約2週間ぶりに病院の敷居を跨いだ。


 さて、久しぶりの御対面である。

 正直に言うと少し怖い。白血病は身体への負荷が大きいし、薬の副作用で肌荒れや抜け毛も発生する。

 変わり果てた恵を直視する"覚悟"をしなくてはいけない。と、そう思ったのだが――。


「久しぶり~。練習サボってまで来なくていいのに~」


 テレビで甲子園を見ていた恵は、少し寠れた以外は殆ど変わっていなかった。

 普通に髪もあるように見える。久しぶりだからか違和感は拭えないけれども。


「めぐみん~! 元気っ!?」

「元気な訳ないでしょ……」

「いや思ってたよりは元気で安心したわ」

「そう? まぁ今日は調子いい方かもね~」


 早速、琴穂と夏美は恵の元へ群がっている。

 久々の対面で舞い上がるのも仕方ない……が、野球部らしく礼儀を忘れてはいけない。

 という事で、俺は傍にいた瀬川夫妻に小さめの声で挨拶した。


「おはようございます。朝からすいません」

「いや……わざわざ大会中によく来てくれた。試合は恵と見てた、先ずは1勝おめでとう」

「あざっす」

「堂上先発は畦上君の判断かい?」

「ええ、まぁ……そんな所っすね」

「そうか。やはり今の時代は畦上君の方が合っている。もし私だったら、また柏原頼りになっていた」


 久々に会った瀬川監督は、何処となく老けたようにすら見えた。

 やはり恵の入院で気疲れしたのだろうか。いや気のせいかもしれないけれども。


「さて、私達は少し席を外そう」

「あ、すいません」

「友達と会えて恵も喜んでると思うわ。お忙しいとは思うけど、ゆっくりしていってね」

 

 瀬川夫妻はそんな言葉を残してから、俺達を残して部屋を後にした。

 地味に瀬川ママとは初めて喋ったな。噂には聞いていたけど、その美貌はアラフィフには見えない。


「てか、かっしーは来ちゃ駄目でしょ」

「いいんだよ。俺は次も投げないし」

「また余裕ぶっこいて~。一応、次も待望の対決なんだよ?」

「ああ、分かってる。けど一番弱い相手でもあるからな」

「そうだけどさぁ~」


 恵とは2週間ぶりの会話になったが……意外や意外にも元気そうだった。

 ちなみに、智殿和歌山には僅かながらも因縁がある。今回は割愛するけど、未来を知る人間としては負けられない試合だった。


「……あ、髪は医療ウィッグだよ。中はもうつるっぱげ」

「痛ましい……」

「そういや茶髪に戻ってるもんな」

「そう! せっかく腰まで伸ばして金にしたのにね~」


 俺達の視線が気になったのか、恵は目線を上げながらそう答えた。

 髪の違和感は医療ウィッグだったか。確かに倒れた当時よりは短いし、恵らしいボリューム感が無い気がする。

 視覚的な痛ましさは少ないけど、過酷な闘病生活を送っていた訳だ。


 他愛の無い雑談は暫く続いた。

 恵が闘病生活の愚痴を溢したり、逆に此方が兵庫での出来事を報告したり。

 その中でも、一番盛り上がったのはやはりこの話題である。


「え~!! なっちゃんとどのーえが!?」

「ああ……まぁ、ほんと勢いだったけどな」

「もはや公開プロポーズだったよっ」

「なっちゃんに彼氏とか超ウケるんだけど〜」

「悪かったな、らしくなくて」

「まーまー、お似合いだとは思うけどね〜。おめでと〜」


 夏美と堂上の交際を報告した際は、恵も目を丸めて驚いていた。

 ただ、恵にしては夏美弄りが弱かったと思う。彼女なら少なくとも「もうエッチした?」くらいは言うと思っていたのに。


「あ、ちょっとおといれに……」

「あいかわず膀胱よわよわだね~」

「急いで来たから全然いけてなかったのっ」

「俺も行くわ」

「やった! 連れションだー」


 その後、琴穂が催したタイミングで、俺も席を外す事にした。

 夏美と3人で密談を始めても良かった……が、別に報告する内容はないし、無理に3人の空間を作る必要もない。

 邪魔者は一旦掃けて、恵夏の尊さを感じられる空間を作っておこう。


「どっち!?」

「右じゃね。走ると危ないぞ」

「早くしないと漏れちゃうよぉ~」 


 小走りの琴穂を追いながら、俺達は病室を後にする。

 その瞬間――退室する俺達に向けて、恵は冷めた表情を見せたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ