25.二週間ぶりの彼女は
2012年8月15日。
俺達は朝イチの新幹線で、新大阪から東京へと戻っていた。
東京に一時帰宅するなら2回戦の後がラストチャンス。
3回戦以降は中1日ないし連戦になるので、とてもじゃないが戻っている暇なんてない。
という事で、琴穂と夏美と共に東海道新幹線に乗っていた。
「やっぱ止めとけばよかったかなぁ」
「何で?」
「ほら、私が一緒だと嫌味っぽくなりそうじゃんっ」
「大丈夫だって。もっと恵を信用してやれよ」
俺の横では、琴穂と夏美がそんな言葉を交わしている。
一応、恵と琴穂は恋敵だ。勝利した琴穂としては、俺とセットで訪問するのは気が引けるらしい。
尤も、俺と夏美が二人で行く予定だった中で、琴穂は自ら立候補してきた訳だが。
とまぁ、一抹の不安を覚えながらも、新幹線は東京に向けて進んでいった。
その間、甲子園では第1試合がスタート。関越一高と浦環学院の好カードだったが、序盤から関越一高が強打で圧倒している。
こう……何度も言うけど複雑だな。俺が居た関越一高は東東京で4回戦敗退だったのに。
試合は5回を終了した時点で8対3。
やはり投手陣には課題が残るみたいで、そこだけが唯一の救いではある。
尚、その頃には現地にも到着していて、約2週間ぶりに病院の敷居を跨いだ。
さて、久しぶりの御対面である。
正直に言うと少し怖い。白血病は身体への負荷が大きいし、薬の副作用で肌荒れや抜け毛も発生する。
変わり果てた恵を直視する"覚悟"をしなくてはいけない。と、そう思ったのだが――。
「久しぶり~。練習サボってまで来なくていいのに~」
テレビで甲子園を見ていた恵は、少し寠れた以外は殆ど変わっていなかった。
普通に髪もあるように見える。久しぶりだからか違和感は拭えないけれども。
「めぐみん~! 元気っ!?」
「元気な訳ないでしょ……」
「いや思ってたよりは元気で安心したわ」
「そう? まぁ今日は調子いい方かもね~」
早速、琴穂と夏美は恵の元へ群がっている。
久々の対面で舞い上がるのも仕方ない……が、野球部らしく礼儀を忘れてはいけない。
という事で、俺は傍にいた瀬川夫妻に小さめの声で挨拶した。
「おはようございます。朝からすいません」
「いや……わざわざ大会中によく来てくれた。試合は恵と見てた、先ずは1勝おめでとう」
「あざっす」
「堂上先発は畦上君の判断かい?」
「ええ、まぁ……そんな所っすね」
「そうか。やはり今の時代は畦上君の方が合っている。もし私だったら、また柏原頼りになっていた」
久々に会った瀬川監督は、何処となく老けたようにすら見えた。
やはり恵の入院で気疲れしたのだろうか。いや気のせいかもしれないけれども。
「さて、私達は少し席を外そう」
「あ、すいません」
「友達と会えて恵も喜んでると思うわ。お忙しいとは思うけど、ゆっくりしていってね」
瀬川夫妻はそんな言葉を残してから、俺達を残して部屋を後にした。
地味に瀬川ママとは初めて喋ったな。噂には聞いていたけど、その美貌はアラフィフには見えない。
「てか、かっしーは来ちゃ駄目でしょ」
「いいんだよ。俺は次も投げないし」
「また余裕ぶっこいて~。一応、次も待望の対決なんだよ?」
「ああ、分かってる。けど一番弱い相手でもあるからな」
「そうだけどさぁ~」
恵とは2週間ぶりの会話になったが……意外や意外にも元気そうだった。
ちなみに、智殿和歌山には僅かながらも因縁がある。今回は割愛するけど、未来を知る人間としては負けられない試合だった。
「……あ、髪は医療ウィッグだよ。中はもうつるっぱげ」
「痛ましい……」
「そういや茶髪に戻ってるもんな」
「そう! せっかく腰まで伸ばして金にしたのにね~」
俺達の視線が気になったのか、恵は目線を上げながらそう答えた。
髪の違和感は医療ウィッグだったか。確かに倒れた当時よりは短いし、恵らしいボリューム感が無い気がする。
視覚的な痛ましさは少ないけど、過酷な闘病生活を送っていた訳だ。
他愛の無い雑談は暫く続いた。
恵が闘病生活の愚痴を溢したり、逆に此方が兵庫での出来事を報告したり。
その中でも、一番盛り上がったのはやはりこの話題である。
「え~!! なっちゃんとどのーえが!?」
「ああ……まぁ、ほんと勢いだったけどな」
「もはや公開プロポーズだったよっ」
「なっちゃんに彼氏とか超ウケるんだけど〜」
「悪かったな、らしくなくて」
「まーまー、お似合いだとは思うけどね〜。おめでと〜」
夏美と堂上の交際を報告した際は、恵も目を丸めて驚いていた。
ただ、恵にしては夏美弄りが弱かったと思う。彼女なら少なくとも「もうエッチした?」くらいは言うと思っていたのに。
「あ、ちょっとおといれに……」
「あいかわず膀胱よわよわだね~」
「急いで来たから全然いけてなかったのっ」
「俺も行くわ」
「やった! 連れションだー」
その後、琴穂が催したタイミングで、俺も席を外す事にした。
夏美と3人で密談を始めても良かった……が、別に報告する内容はないし、無理に3人の空間を作る必要もない。
邪魔者は一旦掃けて、恵夏の尊さを感じられる空間を作っておこう。
「どっち!?」
「右じゃね。走ると危ないぞ」
「早くしないと漏れちゃうよぉ~」
小走りの琴穂を追いながら、俺達は病室を後にする。
その瞬間――退室する俺達に向けて、恵は冷めた表情を見せたような気がした。




