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22.別れと誓い


「……素晴らしい。それでこそ我が息子だ」


 拍手しながら現れたのは、堂上兄弟の父親だった。

 長身細身の体に高そうな黒のスーツ。その出で立ちはいかにも紳士と言った感じだ。

 横にいる母親らしき女性も上品そうで、裕福な家庭である事が窺える。


「……」

「ち、父上……!」


 堂上剛士は相変わらず無表情。直将は少し動揺しているように見える。

 無理もない。跡取りとして期待されていたのは直将だった。その中で、堂上剛士に負けたのだから、直将としても顔を合わせ辛かったのだろう。


「父上、申し訳ございません。ご期待に応えられず……」


 直将は慌てて跪く……が、父親は無視して堂上剛士の前に立った。

 そして右手を差し出すと――。

 

「逆境、挫折を経験しながらも最後は勝利する姿……見事だったぞ。やはり跡継ぎは長男の剛士こそ相応しい」


 なんて言うものだから、俺は思わず頭を抱えてしまった。

 ベタだ……あまりにもベタ過ぎる。識者の俺には分かるけど、こんなの絶対「今さら言われてももう遅い」って言い返されるパターンである。


 というか野球の勝敗だけで決まるのかよ。

 他にも色々ツッコミたい部分はある……が、俺は部外者だし口出しするつもりはない。

 後は堂上剛士がどう答えるか、である。


「こいつ……ふざけてんだろ……」

 

 ふと、傍にいた夏美が言葉を溢した。

 その体は少し震えている。勿論、それは恐怖の感情ではなく、怒りのあまり震えている様子だ。 


 本人達は認めないが、堂上と最も親しいのは夏美である。 

 それだけ思い入れも強いだろうし、彼に感情移入しているに違いない。


「…………やる」

「え?」

「なっちゃん?」


 夏美は俯きながらポツリと呟いた。

 何だか嫌な予感がする。そう思った次の瞬間、彼女は決意したかのように顔を上げると――。 


「やっぱ我慢できねぇ! 一発ぶん殴ってガツンと言ってやる!!」


 なんて言いながら、堂上達の元へ飛び出して行ってしまった。


「早まるな夏美!」

「なっちゃんのコミュ力じゃ無謀だよっ!!」

「それな!!」


 俺達は止めようとするも時既に遅し。夏美は堂上親子の前に割って入っている。 

 夏美は強気そうに見えてコミュ力はミジンコレベル。華麗に論破とか出来る訳がない。


「ん……? 何だね、この失礼な小娘は」

「いい加減に……!」

 

 全く動じない堂上父、ビンタのモーションに入る夏美。

 これは――と思ったのも束の間、堂上剛士は夏美の右手を掴んだ。


「落ち着け夏美。俺は別に怒ってなどいない」

「いいのかよ! こんな都合よく扱われて……!」

「問題ない。まぁここで見ていろ」


 堂上は夏美を宥めると、父親と向き合った。 

 果たして、堂上剛士は何方を選ぶのか。とはいっても、悩むまでも無いとは思うけれど。


「父上。大変申し訳ないのですが……ご期待には応えられません」


 堂上はそう言って頭を下げる。

 その表情は相変わらず無表情。一方、両親は驚いたような表情を見せていた。 


「正気か!? 堂上家の全てが手に入るというのに!」

「剛士、今ままでの事は謝るわ。だからもう一度お母さん達と一緒に……」


 母親も加勢し、両親は口を揃えて説得している。

 この辺は「もう遅い」のテンプレだな。異世界では幾度となく繰り返された問答に違いない。


「私は……いや俺は、一人で過ごす時間が長過ぎた。今さら価値観の違う人間とは一緒に暮らせん。これは俺の甘えでしかないが……どうか許して欲しい」

「なにを言ってる! 私達は血の繋がった家族だぞ!?」

「家族でもだ。親は子を選べないし、子は親を選べない。そういった中で、お互いに許容できない部分があったと思っている。でなければ、敗者だからという理由だけで絶縁はしないし、戻りたくないという結論にも至らないだろう」

「だからって……!」


 堂上剛士は流石の立ち振る舞いだ。両親の反論を全く寄せ付けていない。

 両親としても「家族は一緒に過ごすもの」という一手が使えないので、口論での勝敗は喫したも同然だった。 


「援助を断ち切るならそれでも構わない。蔵も卒業までには出るつもりだ。そうしたら顔を合わせる事もなくなるだろう。ただ……」


 堂上はそこまで語ると、握りっぱなしだった夏美の手を見つめた。

 夏美は恥ずかしそうに視線を逸らしている。堂上はその姿を見つめてから、再び両親と向き合った。

 そして――。


「たった1人だけ選べる家族がいる。その相手と愛を誓う場があれば、その時は必ず招待しよう。それが2人に捧げる最後の親孝行だ」

 

 堂上は無表情ながらも、清々しい雰囲気で言い切った。

 両親は完全に言葉を失っている。遠回しのプロポーズみたいな流れに、夏美は顔を真っ赤にして目を丸めていた。 

 

「そして……こんな場になって申し訳ないが、曖昧なのは性分でなくてな。この際だから明確に伝えさせてもらおう」

「え、ちょっ……待って! 覚悟とか出来てねぇよ! ほら皆も見てるし……!」


 勢いのまま夏美を見つめる堂上。一方、夏美は流石に察したのか露骨に慌てている。

 辺りには富士谷や愛電大名古屋の選手など、ギャラリーと言う名の野次馬も集まりつつあった。

 

「夏美、俺はお前が好きだ。生涯を共にする伴侶になってくれ。幸せは保証する」

「……バカ。私がこういうの苦手だって知ってんだろ」


 堂上らしいド直球なプロポーズが炸裂。夏美は恥ずかしそうな表情で、堂上の胸部を拳で叩いている。

 恋愛を飛び越えた婚約が決まり、辺りからは拍手が巻き起こっていた。


「け、結婚しちゃった……」

「よし、俺達も結婚しよう」

「やだっ。もっとカッコいいプロポーズがいいっ」

「無茶言いやがる」

「それか出来ちゃったならいいよ」

「それはいいんかーい」

 

 琴穂とそんな言葉を交わしながら、夏美を抱き締める堂上の眺め続けた。

 何はともあれ一件落着だな。残る問題は唯一つ、恵の白血病だけである。

 全員で笑って夏を終える為にも、この勢いのまま優勝したい所だった。

 

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