20.宿題の続き
富士谷000 8=8
愛電名200=2
【富】堂上―駒崎
【愛】有馬、東山、浜名―藤沢
4回表、堂上の満塁弾が飛び出して、一挙8得点のビッグイニングになった。
これで早くも6点差。エースの東山も降板となり、勝負はほぼ決まったと言っても過言ではない。
愛電大名古屋は3番手以降の継投に入るので、今後も追加点は十分に見込めるだろう。
4回裏は下位打線を三者凡退。
立ち上がりは荒れていた堂上も、ストライク先行で余裕のあるピッチングを披露している。
彼は試合前日も追い込むタイプなので、アクティブレスト的な状態なのかもしれない。
アクティブレストとは。
あえて運動して血流を良くする事で、蓄積した疲労を回復させる手法である。
このアクティブレスト前提で、大会中に追い込む強豪校は少なくない。
格下相手に序盤で劣勢になるも、最後は逆転している高校は大抵がコレである。
次はどうせ勝つ試合だから、後半に巻き返す前提で普段通りの練習をしている……という訳だ。
ちなみに余談だが、俺は反対派なので富士谷では取り入れていない。
試合の立ち上がり、とりわけ先制点は非常に重要だ。前日はしっかり休んで試合に臨んだ方が良いに決まってる。
二度の人生で数々の番狂わせを見てきたからこそ、一戦一戦を大事にする方針を取っていた。
話を試合に戻して5回表。愛電大名古屋のマウンドには3番手の浜名が上がる。
右投右打、174cm72kg、オーバースロー。4回表にリリーフした際は最速134キロを記録している。
投球の6割は曲がりの大きいスライダーで、典型的な変化球ピッチャーと言った感じだ。
ただ、変化球が多い分、ボール球は増えるし遅い球に絞り易い。
渡辺と津上の連打で二死一二塁とすると、本日お散歩しかしてない俺に打席が回ってくる。
その初球――。
「また入った!!」
「柏原すげえええええええええええええ!!」
「圧倒的過ぎる……」
高めのスライダーを引っ張って打球はレフトスタンドへ。
チームとしては本日3本目、打った瞬間それと分かる特大スリーランで3点を追加した。
この辺で打ち止めでいいかもな。愛電大名古屋の3番手以降は平凡なので、このレベルを滅多打ちにしても収穫はない。
ただ、腐っても激戦区愛知の代表校だ。愛電大名古屋も無抵抗では終わらない。
5回裏、先頭打者の木村はレフト線へのツーベースを放つと、セーフティ狙いの送りバントで一死三塁を作ってきた。
更に3番の本村も驚異の粘りを披露。巧みなカットで計11球を放らすと――。
「ボール、フォア!!」
「おお~……」
「きたきた。一発出ればまだ分からないぞ」
最後はチェンジアップを見送ってフォアボールとなった。
一死一三塁となり打順は堂上直将へ。ワンサイドになるか乱打戦になるか、その明暗を分ける場面が兄弟対決になった。
優勝を見据える富士谷としては、堂上を完投させる展開ではない。
これが恐らく最後の兄弟対決。ここまで1四球1凡退なので、無安打で締めて勝利を飾りたい所だ。
「(兄上、今度こそ勝負しましょう。チームスポーツである以上、試合は仕方がないですが……個人としては絶対に負けませんよ)」
アフリカンシンフォニーの音色が流れる中、堂上直将が右打席でバットを構える。
その貫禄はとても1年生とは思えない。愛知県大会8本塁打に相応しいドラフト候補の風格だ。
「(……俺は誰にも負けたくないから直将にも勝利を収める、それだけだ)」
堂上剛士は淡々とセットポジションに入っていく。
先程までの力みは感じられない。点差が付いた事に加え、前日の疲労が良い感じに回復し、心身共に準備が整っているように見えた。
一球目、堂上剛士はオーバースローから腕を振り下ろしていく。
放たれた球は――外角低めのストレート。堂上直将は見逃すと、白球は構えた所に吸い込まれていった。
「ットライーク!」
「おおお~!」
「9番の球速じゃねぇ」
151キロの直球が決まってストライク。
先ずは自己最速のストレートで、投手有利のカウントを作った。
「(兄上……勝負してくれるんですね。次は逃しませんよ)」
堂上直将は頷きながらバットを構え直す。
一方、駒崎は淡々とバッテリーサインを出していった。
「(ナックルカーブで。カウント有利だしボール球を使って……)」
要求はボールになるナックルカーブ。
カウントは有利だし無難な要求と言える。
しかし――。
「(……え? 珍しいっすね)」
ここで堂上剛士は首を横に振った。
配球丸投げの彼にしては珍しい判断。それだけ堂上直将との対決には拘りがあるのだろう。
二球目、堂上剛士は再びストレートを振り下ろした。
今度は内角高めの厳しい所。白球は構えた所に吸い込まれると、堂上直将は鋭いスイングでバットを振り抜いた。
「ファール!!」
これは打球が後ろに飛んでファール。
早くも追い込んでツーストライク。ただ、ここからが少し長かった。
「ボール!!」
三球目、外角低めの148キロは外れてボール。
「ファール!!」
四球目、外角低めの145キロはカットされてファール。
「ボール、ツー!!」
五球目、外角高めに外れた147キロは見逃されてボール。
そして――。
「ファール!!」
六球目、内角低めの143キロはポール際に切れるファールとなった。
この間、投じた球は全てストレート。因縁の堂上直将に対して、堂上剛士は全身全霊の直球勝負を仕掛けていた。
もし……性格の悪い木更津健人なら、この辺りでチェンジアップを要求する頃だろう。
いや、駒崎だって何度も要求している。しかし堂上剛士が断固として首を縦に振らない。
意地でも直球で打ち取るという意思すら感じ取れた。
「(最後まで直球でも、日和って変化球でもいいですよ。どんな球でも対応してみせます。そうでないと堂上家の跡取りは務まりませんから)」
堂上直将は相変わらず余裕の表情。
少し笑みも浮かべながら、軽い身のこなしでバットを構え直している。
「(こうなったら逆に最初からストレートを要求する。騙されてくれよ……!)」
一方、駒崎は諦めたのか、1つ目のサインでストレートを要求した。
2球目から6球目とは一転、堂上は秒で頷いたが、天才の直将は気にしていないに違いない。
「(両親や直将にはむしろ感謝している。お陰で自分の弱さを見直して、甲子園のマウンドが似合う男に成長できた。それに……富士谷では出会いにも恵まれたしな)」
堂上剛士は長めに間を取ると、ゆったりとした動きで投球モーションに入った。
左足を上げて、力強く踏み込み、躍動感のあるフォームで右腕を振り下ろしていく。
「(だから――という訳ではないが、俺は勝利して恩を返す。それが最初で最後の親孝行だ……!)」
七球目、堂上剛士が振り下ろした右腕からは、指の掛かった力強いストレートが放たれた。
白球は内角高めに吸い込まれていく。その瞬間、堂上直将も迷わずバットを出してきた。
「(僕に敗北は許されない。それが例え兄上が相手であろうとも……!)」
フィニッシュの姿勢で固まる堂上剛士、鮮やかなフォームでバットを振り抜く堂上直将。
その美しいフォロースルーは兄と瓜二つ。歓声が爆発しそうなスタンドは、ほんの一瞬ばかし静寂に包まれていた。
果たして白球の行方は――。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「わあああああああああああああああああああああああああ!!」
「152キロだって!!」
白球は駒崎のミットに収まると、堂上剛士は珍しくガッツポーズを見せた。
富士谷000 83=11
愛電名200 0=2
【富】堂上―駒崎
【愛】有馬、東山、浜名―藤沢




