9.奴らは必ず送ってくる
激闘が繰り広げられている裏で、富士谷の面々は愛電大名古屋の対策に明け暮れていた。
同校は激戦区愛知を勝ち抜いてきた優勝候補。幾つかの新聞社はA評価を付けていて、その実力は決して侮れない。
限られた時間、限られたスペースにはなるけれど、出来る事を一つずつこなしていった。
先ずは投手陣の対策から。
エースの東川は170cm70kgの小柄な左腕。最速135キロ、常時130キロ前半の直球に加え、カットボールとシュートをコーナーに投げ分けてくる。
また、夏から投げているチェンジアップも調子が良く、ここぞという場面では空振りも狙えるのが強みだ。
もう1人、背番号10の有馬も愛知大会では約20イニングを投げた。
171cm68kg、最速133キロ、常時130キロ前後。オーバーハンドの右腕としては球速は物足りない。
ただ、彼の直球は動いている。純粋なストレートはほぼ投じず、ツーシームやカット系の変化で勝負する投手だった。
幸い、左右の違いこそあれど両投手はタイプが似ている。
打撃投手には、130キロ前半の直球とカットやシュートを注文して、この球速帯のボールを徹底して打ち込んだ。
続いて打線の対策。
この時代の愛電大名古屋は異常な程にバントが多く、無死や一死で走者が居るとほぼ確実に送ってくる。
実際、今年の愛知大会では58犠打だった。この数字は尋常ではない。
という事で、守備はバント対策を徹底する事にした。
犠打エラーで余計な走者は出したくない。逆に二塁封殺や三塁封殺が決まると、流れを一気に引き寄せられる。
勿論、セーフティバントやスクイズも多用するので、選手達には常にバントを警戒するよう意識させた。
後は打の注目選手だが……やはり4番の堂上直将が頭2つくらい抜けている。
愛知県大会では計8本塁打。打率も5割も越えていて、彼だけはバントのサインも免除だ。
1年生故にデータも少なく、下手な3年生より隙が無い選手と言えるだろう。
尤も、愛電大名古屋はどうせバントするので、堂上直将は徹底して敬遠でも良いかもしれない。
無死から出しても勝手に二死三塁で7番打者という状況に変わる。一発を浴びたり、一死三塁を作られるくらいなら、徹底して二死三塁を作りに行くのも一つの手だ。
と、ここまでが愛電大名古屋戦に向けた対策。
それとは別に課題なのが、肘の状態とどう向き合うか……という部分である。
取り敢えず、初戦は「西東京大会の疲れが抜け切っていない」という事にして堂上に任せる予定だ。
調整も極力ノースロー。投げても野手投げの送球程度であり、今のところ全力投球は1球も披露していない。
ただ、畦上監督から疑惑の視線を感じるようになったので、今日はブルペンに入る事にした。
「軽く流すわ」
「うい」
近藤に向かって、5割から7割くらいの力で投げ込んでいく。
痛みはないけど違和感は拭えない。こう……言葉では難しいけど、本気で投げたら痛みそうな脆さを感じる。
やはり初戦はパスだな。打つ方で堂上を助けよう。
「ふむ……どこか痛いのか?」
ふと、横から声を掛けてきたのは堂上だった。
流石に疑問に思ったのだろうか。無表情ながらも怪しんでいるように見える。
「いや大丈夫。ちょっと西東京大会の疲れが抜け切れてなくてな」
「あれからもう一週間は経つ。幾ら何でも回復が遅過ぎるだろう」
「延長14回は半端じゃないんだって。それに1年の秋に怪我した事もあったし、ここは慎重に様子を見たいんだよ」
「ふむ……そういうものか」
堂上は納得していなさそうだった……が、それ以上は言及してこなかった。
詮索しない主義で助かる。彼は口も堅いので、知られた所で気にする必要はなさそうだ。
堂上と言えば……堂上同士の"確執"も気になるところである。
ただ、この話題は堂上にとってはタブーらしく、話を振ってもはぐらかされてしまうらしい。
こうなってくると、富士谷が誇るコミュ力モンスター・恵の不在が悔やまれる。
彼女なら上手いこと堂上の機嫌を取って、何か話を聞き出せたに違いない。
結局、堂上直将が何者なのかは分からず終い。
分かっている事は、打者としては規格外の天才という事と、堂上剛士の後を追ってスポーツを選んでいる事くらいだ。
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そんな堂上直将を、堂上剛士はどう思っているのか。
分からない。分からないけど――。
「……お、気合入ってんな」
堂上剛士も堂上直将を意識しているようで、ブルペンでのピッチングは気合が入っていた。




