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7.全国のレヴェル

 2012年8月8日。阪神甲子園球場では開会式が行われた。

 「栄冠は君に輝く」の音色に合わせて入場し、炎天下の中で長い話を次々と聞かされる。

 この時間も嫌いじゃない。これは選ばれし49校にしか体験できない貴重な苦痛だ。


「宣誓! 春から夏にかけて――」


 選手宣誓は金澤高校(石川)の石井主将。

 ソックス、アンダーシャツ共に水色のユニフォームを着た選手が、壇上に上がって高らかに宣誓を読み上げていく。

 ちなみに余談だが、金澤のエースは最速152キロのドラフト候補。やはり全国はドラフト候補のバーゲンセールだと思わされる。


『……大会歌に合わせて、選手が退場します』


 ようやく開会式が終わると、選手達は「栄冠は君に輝く」の音色に合わせて退場していった。

 これから富士谷の面々は宿に戻る。いきなり試合だった去年とは一転、ゆとりのある初日が約束されていた。


「よーし、開幕試合みよーぜ」

「島根と長野だっけ? どっちも強そうな印象ないなぁ」

「乗鞍って上高地の近くだろ。あんなところに学校あんのかよ」


 3年生は宿に戻るや否や、俺の部屋に集まってきた。

 どうやら開幕ゲーム、岩見翠星館(島根)と市都大乗鞍(長野)の試合が見たいらしい。


「お、同点だ」

「さーて、全国のレヴェルを拝見させて頂こうじゃねーか」


 試合はキリが良く3回裏が終了した直後。

 スコアは1対1の同点であり、これから4回表、岩見翠星館の攻撃を迎える所だった。


「ストレートおそっ」

「けっこう打ち辛そうじゃない?」

「いや~、どうだろうな~」


 市都大乗鞍の先発は背番号1の柴田。

 168cm59kgの左腕で、スリークォーター気味のフォームから、最速128キロの直球とカーブを軸に投げ込んでいく。

 この時代の左腕としては標準的なスペック。ただ、東京の好左腕達と比べると、やや球が遅い感じも否めない。


「岩見の打者ムキムキじゃん」

「岩見翠星館は他県から選手取ってるからな」

「あー、ここでゲッツー打っちゃうかー」


 一方、岩見翠星館は80kgオーバーの選手がスタメンにズラリと並んでいる。

 この回は連打でチャンスを作るものの併殺で無得点。選手の体格をだけを見たら、岩見翠星館に分があるように思えた。


「お、岩見のピッチャー体格いい」

「本格派っぽいね」


 岩見翠星館の先発はエースの重田。

 179cm83kgの右腕で、その風貌は最速140キロ超の本格派のように見える。

 しかし――。


「……変化球か?」

「ストレートのような……」


 初球、ストレートは高めに抜けると、スピードガンは129キロと表示した。

 重田はカタログスペックだと最速137キロ。ただ、直球の平均球速は130キロ前後であり、130キロ中盤を記録する球は殆どない。

 かといって、制球が良い訳でもなく、スライダーを軸に勝負するオーソドックスな右腕だった。


「乗鞍はチビばっかだな。俺でも中軸打てそう」

「それは無理だろ……」


 ちなみに、市都大乗鞍のスタメンは全体的に小さめで、175cmを越えている選手はファーストとライトの2人しかいない。

 また、ファーストの武本は176cm68kgなので、体重70kg超はライト1人という超軽量打線だった。


 見かけだけのムキムキ軍団vs見た目通りの軽量軍団という構図。

 決してレベルが高いとは言い難いが、実力は拮抗していて譲り合い……ではなくシーソーゲームが展開されていく。

 7回終了時点で5対4。市都大乗鞍がリードした所で、同校は2番手のピッチャーを投入してきた。


「予選成績すげーな。いろんな意味で」

「古川くんだね。ドラフトサイトに145キロ投げるって書いてある」

「こいつエースでいいだろ」

「ノーコン過ぎて厳しいんじゃね~」


 ここで登板したのは背番号10の古川。

 180cm70kgの右腕で、ネットでは最速145キロの直球を投げると噂されている。

 しかし、制球は凄まじく悪い。長野県大会15回7被安打23奪三振21四死球4失点という数字も物語っている。


「おお、いいじゃんノーコン!」

「遅い左腕からの継投だと余計に速く感じるのかもね」


 この古川だが、今日はコントロールの調子が良いみたいで、最速139キロながらも次々と打者を抑えていった。

 2回を投げて無安打、2四死球、3奪三振のピッチング。譲り合いだった展開を一刀両断して、ノーコン快速右腕が華麗に締めた。


「結局145キロは出なかったな」

「けど軽く投げてそうだったよね」

「次の試合はもうちょいマシなレベルなんだろうな?」

「香川と鳥取だぞ期待するなよ」

「どっちも県外人は多いみたいだけど……」


 次の試合は香川陵西(香川)と鳥取領北(鳥取)の対決。

 どちらも野球留学の選手が主力だが、あまり甲子園では勝ち星に恵まれていない高校だ。

 地元からの人気も低く、スタンドにも空席が目立つ。


 この試合は終盤まで1対1と、ロースコアの投手戦が展開された。

 しかし、両投手がドラフト候補かと言われたらそうではない。香川のエースは最速131キロの左腕で、鳥取のエースは常時135キロ前後の右腕だ。

 どちらも纏まりはあるが派手さはない。打線からも迫力が感じられず、優勝争いには絡んでこないと断言できる。


 試合が決まったのは8回。鳥取が2失策を絡めて2点を勝ち越して、そのまま逃げ切る形となった。

 第三試合は瀧川二(兵庫)と無田工業(佐賀)の一戦。公立校の無田工は兎も角、瀧川二は激戦区兵庫を勝ち抜いた私立高校である。

 という事で、今度こそハイレベルな試合を期待していたのだが――。


「どっちも右で130キロ前半だな……」

「今日ホームラン無しかよ。統一球でも使ってんのか?」

「西東京では140キロが当たり前だったから拍子抜けだなぁ」


 この試合もドラフト候補は登場せず。

 ちなみに、瀧川二は漁夫の利で兵庫を制した高校。本命は幸徳学園や西海大姫路だったらしい。

 結局、最終的には瀧川二が5対3で勝利し、初日はホームラン無し、140キロ超なしで終わった。


「よし、全国恐れるに足らず!」

「まぁ名門校や優勝候補はまだ出てないけどね」

「今年の西東京がレベル高すぎただけっしょ~」


 選手達はどこか拍子抜け……と言った感じだが、それも仕方がないのかもしれない。

 何せ今年の西東京はレベルが高かった。特に都大三高は異次元だったので、その温度差に戸惑いを隠せないだろう。

 実際、今日見た6校なら余裕で勝てる。本来のプレーが出来ればの話だが……。


 そう、今の富士谷で怖いのはココである。

 西東京では本格派との連戦だった。165キロの宇治原は言うまでもなく、アンダーで145キロの相沢や、148キロの堂前や田島など、終盤は速球派としか当たっていない。

 その中で、逆に遅い球の投手と当たってしまうと、タイミングが狂う可能性があるのだ。


 やはり初戦は苦戦を強いられるかもしれない。

 まだ試合まで日は空くけど、そんな予感すら感じられる初日だった。


【1日目】

(鳥取)岩見翠星館4―5市都大乗鞍(長野)

(香川)香川陵西1―3鳥取領北(鳥取)

(兵庫)瀧川二5―3無田工業(佐賀)


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