6.vs消えた逸材
堂上以外の選手達は、各守備位置へと散っていった。
1年生は自己紹介の通り。孝太さんはライトで、2人の2年生はレフトとセカンド。不在となったショートには畦上先生が入った。
「あとはファーストか、どうしよう」
「あ……もしよかったら、私も守ろうか?」
そう声をあげたのは、マネージャー志望の卯月だった。
「おいおい、危ないぞ」
「大丈夫、中学まではやってたからな。内野は怖いけど……まあ任せてくれ」
ちょっと男勝りな彼女は、そう言ってレフトの守備につくと、レフトの2年生・島井さんがファーストに回った。
制服のまま守備についたな……ちょっと打球を飛ばしたくなってしまった。
「ふう……」
無数の目線が、マウンドの俺に突き刺さる。
気付けば、ギャラリーもチラホラと集まっていた。
三塁側ネットの向こうでは、いかにもホストみたいな金髪のチャラ男と、同じく金髪で二枚目の男が此方を見ている。
「おっ! 野球やってんじゃん!」
「優太、行かなくていいのか?」
「ばっかおめー、入部期間ギリギリまで粘ったほうが遊べるだろーがよ!」
チャラ男はそんな事を言っていった。
どうやら彼も野球部志望らしい。嘘だろ、ホスト部とか女好き部の間違いじゃないのか。
体育館の出入口では、金城が此方に向かって手を振っていた。
大きく手を振り返そうとしたが、あれが孝太さんに向けられた物だとしたら、俺は勘違い野郎もいい所。
曖昧かつ控えめに手を振ると、堂上と向き合った。
「勝負は一打席。四死球、失策でも俺の勝ちとする。異論はないな?」
「ああ、それでいいよ。肩を作るから待っててくれ」
俺はそう言葉を返してマウンドに上がった。
審判は監督の瀬川先生。白髪に眼鏡、少し出た腹は、いかにも高校野球の監督らしい風貌だ。
ちなみに今年で満59歳、来年いっぱいで定年退職する。
初老の指揮官が見守る中、俺は肩を作り始めた。
投球姿勢はノーワインドアップから。しっかりとタメを作って、着地はインステップ気味。
続けて、肘と同じくらいの高さから、右腕を軽く振り抜いた。
「へー……サイドスローなんだ」
サードの京田がそう呟いた。
その声には、落胆の感情が混じっているようにも思える。
無理もない。4番でエースと聞いたら、誰しもがオーバースローの本格派を想像するだろう。
「ふむ……悪くはないな。しかし、本気で投げなくていいのか? 調整不足でした、なんて言い訳は通用しないぞ」
堂上は流石と言ったところか、本質を見抜いていた。
俺はまだ本気で投げていない。一打席勝負において、練習中に手の内を見せるのは愚策だ。
「大丈夫、俺はこれで肩ができるから」
「随分と便利な体だな。万が一、俺が負けても二番手は任せられそうだ」
「はいはい、口が減らねーな」
そう言葉を交わすと、堂上は右打席に入った。
スタンスはやや広めでオープン気味、低めのトップに、バットは上向きに立てていて、いかにも強打者っぽい雰囲気がある。
そんな堂上に対して、近藤は外角低めのストレートを要求した。俺も同じ考えだ。
近藤のミットに向かって、しなるように腕を振り抜く。白球は構えたミットに吸い込まれていくと、銃声のような激しい音が響いた。
瀬川監督の右腕が上がる。これでワンストライク。
「は、速くね? サイドであんな投げれんの……?」
京田は目を丸くして驚いていた。
その奥にいるチャラ男は、やたらと真剣な表情でこちらを見ている。
現時点でのMAXは本来なら135キロ。
体こそ15歳に戻ったが、関越一高で教わった事は頭に刻まれている。
それを踏まえると、今のMAXは140キロ前後くらいか。
入学直後の1年生で、ここまで速い横投げ投手はいないだろう。
「ふむ、いい球だな」
堂上は表情を変えずにそう言った。
この男は本当に動揺を見せない。打者としても投手としても厄介なのが伝わってくる。
二球目。内角高め、外れてもいいストレート。
一番遠い球から一番近い球。対角線を使った定石のリードだ。
それも、インステップの右サイドから。右打者にとって、これほど近く感じる球は無いだろう。
胸の高さ、ベースの縁を目掛けて球を放った。
白球は構えた所に吸い込まれた――が、堂上は手を出してきた。
豪快なスイングと共に、凄まじい打球音が響いた。
「げっ……!」
思わず声が漏れてしまった。
白球はレフト側、ネットの遥か上を越えていくと、民家の壁に当たった。
結果は特大ファール、推定130m超の当たりだった。
「……すげぇ当たりだな」
「お世辞などいらん。ファールなど何本打っても意味はない」
堂上は淡々と構え直した。
この一球で確信した。堂上は半端な選手ではない。
それなのに――正史では野球を辞めているのだから勿体ない。あまりにも勿体なさすぎる。
三球目。外に逃げる高速スライダー。
決めにいった球だったが、堂上はピタリとバットを止める。守備についた選手達が少しだけざわめいた。
四球目。内角高めの釣り球。
堂上は微動だにせず見送った。これで平行カウント。
「勝負あったな。決め球のスライダーを見切られて投げる球がない、と言ったとこだろう」
五球目。堂上の挑発を無視して、近藤のサインを伺う。
俺は静かに頷くと、ボールを浅く挟んだ。
絶対に負けられない勝負がここにある。
その相手は、本来なら野球を辞めるスラッガー・堂上剛士。
この球で決める。
この一球で――堂上という消えた逸材を救ってみせる。
内角低めのミットに向かって、俺は腕を振り抜いた。
「なっ……!」
バットを出した堂上が、珍しく目を丸めた。
白球は鋭く落ちていく。バットは虚しく空を切ると、ミットの鈍い音が鳴った。
近藤がニヤリと微笑む。瀬川監督は呆気にとられていて、コールするのも忘れていた。
「お、落ちた……?」
ざわめくグラウンドの中で、一番近くにいた京田はそう漏らした。
俺の決め球は、サイドスローでは投げるのが難しいとされる、スプリットフィンガー・ファストボール。
それも素直なスプリットではなく、落差がありながらも、僅にシンカー方向に曲がる癖がある。
かつて土村は、この球に「超絶シンカー」とクソダサイ名前を付けていたが、俺は断固としてスプリットだと言い張りたい。
「ふむ、今日は完敗だ。約束は果たそう」
「おまえ、勝つまで勝負挑むタイプだろ……」
そう口にする堂上に、俺は苦笑いで返した。
正史では消えた逸材・堂上剛士。彼の入部は、野球部にとっても、堂上本人にとっても、きっと救いになるだろう。
「うっし、前言撤回! っぱ明日から行くか!」
「優太……やっぱそうこなくっちゃ」
チャラ男達はそんな会話をしていた。
金城の姿はもう無かった。バスケ部の仮入部に行ったのだろう。
そして――何となくだけど、女神様も見てくれていた気がした。
補足1「サイドスロー」
横から投げる投法の事。
横方向に腕を振り抜く為、横の変化は付きやすい反面、縦に抜く球は投げ辛いとされている。
補足2「インステップ」
投球動作において、上げた足を着地させる際、利腕側に踏み込む動作の事。
踏み込む事で、遠心力が付きやすく、横の角度を付ける事ができる。
ちなみに、その逆はアウトステップと呼ぶ。
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▼柏原 竜也(富士谷)
177cm72kg 右投右打 投手/外野手/一塁手 1年生
約10年後から転生(死に戻り)してきたサイドスローの本格派。
横投げにしては珍しくスプリットが決め球で、高速スライダーの切れ味も抜群。
野手としても能力が高く、正史においては高校通31本塁打を記録している。
性格は非常に落ち着いているが、金城琴穂が絡むとその限りではない。
▼近藤 健一(富士谷)
170cm70kg 右投右打 捕手 1年生
スローイングとキャッチングに定評がある捕手。
飛ばす力も人並み程度にはあるが、絶望的なくらい芯に当たらない。
柏原と同じシニア出身、アダ名はゴリ。