【野球部の日常4】俺達の欠席裁判
時系列的には2年の秋くらいです。
とある日の練習前。
俺達は部室の前で、制服から練習着に着替えていた。
「なぁ……俺、すげー事に気付いちまったんだけど」
ふと、京田が呟いた。
彼は時折「凄い事に気付いた」とか「永遠の議題に直面した」とか言い出すが、その大半は大変くだらない内容である。
どうせ今回もたいした話ではないだろう。
「俺達って普段は必死に野球してるけどさ、みんな家帰ったらみっともない姿でチンコ握ってる訳じゃん」
「嫌な言い方だなぁ」
「んで、ふと気になってな、女はどうなんだろう……と思って調べたら、意外にも3人に2人は経験あるって出てきたんだよ」
「陽ちゃん、前置きなげ〜って。結論はよはよ」
京田、野本、鈴木が言葉を交わす。
ほら早くもくだらない。この時点で既に確信できるけど、このあと俺は盛大に呆れ果てる。
「うちの2年生マネって3人じゃん? そのうち2人は家でオナってるって事じゃね……?」
京田はそう言い切ると、俺は顔に手を当ててしまった。
ほら、クッソくだらねえ。堂上も死ぬほど興味なさそう……ではなく、顎に手を当てながら考え込んでいる。
今回ばかりは俺が少数派だった。こうなってくると負けを認めざるを得ない。
「なあ渡辺、どう思う?」
「どうでもいいかな……恵達の性事情に興味ないし……」
「爆発しろ!」
だから渡辺に聞くなよ。絶対そうなるの分かってるだろ。
「うーん、そうとも限らないんじゃない? データは大人も含めての数字だろうし」
続けて、野本は残念そうに言葉を溢した。
当たり前である。そのデータの調査対象が必ずしも女子高生とは限らない。
大人の方がシンプルに生きた年数が長く、良くも悪くも色々な事を経験している……と考えると、まだ若い女子高生の経験者はもっと少ないのではないだろうか。
「……その線は捨てる」
「捨てるなよ」
「いや捨てる! さぁ皆で炙り出そうぜ! 性欲に抗えない哀れなオナニスト2名をなぁ!」
京田は聞く耳を持たぬまま、特定作業を開始してしまった。
性欲に抗えないのはお前だろ、というツッコミは、無駄だと思うので心の中にしまっておく。
「2人ねぇ……」
「まぁ1人は……ね」
「恵ちゃんは決まりっしょ~」
「下ネタに躊躇ねーもんな。ぜってーやってるわ」
早速、選手達は探偵ゴッコを始めた訳だが……秒速で恵に烙印が押されてしまった。
イメージ的にも仕方がない。実際、彼女は電動コケシ(隠語)を利用した事があるので、彼らの雑過ぎる推理も当たっている。
問題なのはもう1人。琴穂か夏美か、という部分だ。
「ふむ……その二択なら簡単だろう。夏美の性知識は小学生レベルだ。やっているとしたら琴穂しか考えられん」
ここで真っ先に声を上げたのは堂上である。
彼の言う事は御尤も。夏美は非常に純情なので、まず自慰という行為を存じ上げない可能性が高い。
つまるところ、消去法でいくなら琴穂になってしまうのだが――。
「……堂上先生? もしかして愛しの夏美を弁護していらっしゃる??」
ここで俺は堂上を煽った。
彼の言い分も一理ある……が、ここで簡単に引き下がる訳にはいかない。
琴穂だって純粋無垢な俺の天使。勝手に性欲の強い女に仕立て上げる訳にはいかないのだ。
「客観的事実を述べたまでだ。異論があるなら述べてみるといい」
「琴穂だって知らなそうじゃん。子供っぽいし」
「根拠に乏しいな。夏美は発言で性の無知を晒してきたが、琴穂はそういう訳ではないだろう」
「確かに。琴穂ちゃんが純粋無垢そうって何となくのイメージだよね」
という訳で「琴穂vs夏美。両者不在の欠席裁判!」は始まった。
しかし、いきなり劣勢である。堂上に口で勝てる気がしないので尚更だ。
「ん~……俺も琴ちゃんに一票!」
「おいおい鈴木もか。なんでだよ」
「琴ちゃんの方が可愛いパンティはいてるからな~。どっちが性を意識してるかって言われたら琴ちゃんっしょ~」
鈴木までもが堂上に加勢し、俺の弁護は劣勢を極めてしまった。
言い返せないのが非常に歯痒い。琴穂は下着も最高に可愛いからな。
「じゃあ俺も琴ちゃんで」
「根拠を言え根拠を」
「小柄な子って性欲強いらしいからさ。姫子が言ってた」
「クソが」
続けて渡辺も堂上派に加勢。
小柄な方が性欲強い説も聞いた事がある。事実として、長身だった元嫁は夜に積極的じゃなかった。
まぁ相方とかいう存在と不倫していたらしいけど。
「そ~いや女子って、小さい頃にオナニーと自覚せずに股弄って、それが癖になっちゃってる子も居るらしいぜ~」
「エッロ……じゃなくて、それやりそうなのは金城だな! 俺も金城に一票!」
「じゃ、じゃあ俺も! 子供っぽく振る舞ってるだけで実際はやる事やってそうだしな!」
「うーん、夏美はしてないと思う。僕も琴穂ちゃんで」
そんな感じで、俺以外は琴穂に一票入れてしまった。
いちいち説得力があるから嫌になる。ただ、それ以上に反撃の一手が思い付かない。
負けず嫌いの堂上弁護士×純情少女夏美被告のタッグがあまりにも強過ぎるのだ。
夏美の純情っぷりを表すエピソードとして、一つ「旦那さんゲーム事件」というものがある。
これは「もし将来旦那さんができたら」という前提を元に、各々が理想の新婚生活をシュミレーションして披露するという、恵が考案した正真正銘のクソゲーだ。
以前、練習中にマネージャー達が暇してた際、このゲームをやっているのを見かけたのだが――。
『ご飯にする? お風呂にする? それとも わ、た、し?』
『それ私を選ぶと何が起きるんだ……?』
恵が渾身の演技を披露するも、夏美の一言で空気が凍り付いていた。
これが富士谷が誇る純情モンスター・卯月夏美。彼女に「自慰をしている」というレッテルを押し付けるのは不可能に近い。
となるとゴールは一つ。琴穂を徹底的に弁護してドローに持ち込むのみ。
という事で、彼女の潔白を証明すべく、俺は琴穂の言動を思い返したのだが――。
『さいてー。かっしーのへんたい(筆談)』
『ふっふっふっ……なっちゃんもパンツを濡らす屈辱を味わうといいさ……』
『そ、そういう雰囲気になってもしちゃダメだよっ』
『まんまん丸出しで公開放尿はエグい……』
思い返してみると、純粋の欠片もない言動ばかりで絶望してしまった。
いや……17歳の発言としては違和感ないし、恵と違って恥じらいは見せているし、女子だからって上品である必要もないと思う。
ただ「夏美と戦わせる」という視点で見た時、これは絶望以外の何物でもなかった。
「まいりました……」
「降参はえ~よ」
「世界一早い裁判だったな……」
「もはや多数決だったけどね」
俺は敗北を認めてしまった。
というか普通にクソくだらない。あくまで確率の話だし、言ってしまえば全員している可能性もある。
これほどに無駄な時間は過去に無かったのではないだろうか。
「やっと終わった~?」
「げぇ! 聞いてたのかよ!」
欠席裁判が終わると同時に、恵が話題に入ってきた。
琴穂と手を繋いで此方を見ている。どうやら夏美は不在のようだ。
「いつから聞いてたん?」
「その線は捨てる、あたりから?」
「割と最初の方じゃねーか」
「そうだね~。かっしー激弱なの超うけた~!」
「ねっ! 弱点を知ってしまった気がする……」
そこまで言葉を交わすと、琴穂も割って入ってきた。
ただ、少し様子がおかしい。元気よく言葉を挟んだものの、段々と表情が赤くなっていく。
そして恥ずかしそうに視線を逸らすと――。
「あと……かっしー以外の皆が私をどう思ってるのかも……ねっ……」
恵にしがみつきながら、小声でゴニョゴニョと言葉を溢した。
琴穂は俺以外から「自慰してそう」のレッテルを貼られている。彼女としては、相当屈辱だったに違いない。
「ご、ごめん……」
「すいませんでした……」
「も、もう知らないもんっ! ジャグにワサビ入れてやるうううううううっ!」
「やめて!!」
機嫌を損ねた琴穂は、捨て台詞を吐いて走り去っていく。
まさに試合に負けて勝負に勝ったとでも言うべきか。そんな感じで、俺は相対的に琴穂の評価を上げたのだった。