【野球部の日常3】虐めダメ、絶対!
時系列には2年目の春くらいです。
とある日の練習前。
サッカー部の練習が終わるまでの間、俺達は部室の前で待機していた。
「なぁ……俺、すげー事に気付いちまったんだけど」
ふと、京田が呟いた。
彼は時折「凄い事に気付いた」とか「永遠の議題に直面した」とか言い出すが、その大半は大変くだらない内容である。
どうせ今回もたいした話ではないだろう。
「学校で鉄板のトラブルってあるじゃん」
「例えば~?」
「イジメとか不登校とか喧嘩とか、あと妊娠して退学する奴とかさ。そういうの」
「陽ちゃん、前置きなげ〜って。結論はよはよ」
京田、恵、鈴木が言葉を交わす。
学校生活においてトラブルは付き物だ。進学校だと違うのかもしれないけど、並の高校では稀に何かが起きる。
実際、富士谷でも妊娠と暴力はあった。両方とも友達ではなかったけど。
「よく考えたら富士谷ってイジメなくね? これ地味に凄くね?」
京田はそう言い切ると、俺は顔に手を当ててしまった。
いやあったよ。何なら超身近に被害者がいるよ。今回は女子も一緒なだけに、男子達も察して静まり返っている。
「……あ、男子のイジメはないよな!」
京田は慌てて訂正したが、その時には全てが遅かった。
琴穂は我関せずの姿勢で真顔だが……それが逆に怖過ぎる。
機嫌を損ねる素振りすら見せない辺り、相当気にしているに違いない。
「よ、よし。じゃあイジメ体験談を披露して金城を励まそうぜ!」
「京田お前もう黙れ」
「意地でも続けるのかよ……」
「陽ちゃんその鋼メンタルで彼女できないの謎過ぎるっしょ~」
「うるせぇ!」
京田は強引に話題を続行してきた。
虐めについて語りたいのか、単純に後に退けなくなったのか。
真相は分からないけど、本日の話題はコレでいくらしい。
「で、渡辺どう思う?」
「俺はパスで……イジメられたことないし……」
「爆発しろ!!」
だから渡辺に聞くなよ。このイケメンが無縁なの分かってただろ。
「てか京田くんはどうなの?」
「ないなー。チビなの弄られたくらいだわ」
「ないんだ……」
「野本は?」
「僕もないなぁ」
「ゴリはどうなん?」
「ない。良くも悪くも昔からゴリラ扱いだ」
「ふーん」
京田、野本、近藤も経験なし。
言い出しっぺの癖に無いのかよ、と出掛かった言葉は何とか飲み込んだ。
「卯月はどうよ」
「ん-、ねぇな。怪力女って揶揄われてた時期はあったけど」
「え~、なっちゃん細いのに意外~」
「野球やってると言われんだよ」
どうやら夏美も経験は無いらしい。
当然ながら俺も無し。鈴木も無さそうだし、早くも企画倒れの予感がする。
と、そう思った次の瞬間――。
「ふむ……俺はあるぞ。小学生の時にな」
「はいダウト」
堂上が名乗り出てきたので、思わず顔を歪めてしまった。
意外にも程がある。どう考えてもイジメる側にしか思えない。
「いや本当だ。どうしても幼稚な小学生のノリに馴染めなくてな。中心グループの男子から暴力に晒されていた」
「小学生って幼稚なもんでしょ~!」
「どのーえって昔からこうなんだ……」
堂上が語り出した所で、ようやく琴穂も話に入ってきた。
こんな小学生死ぬほど嫌だな。確かに、変わり者過ぎてイジメられたと言われたら納得できる気がする。
「堂上はやり返しそうなイメージあるわ」
「うむ、例え喧嘩でも敗北は許されん。空手と柔道とボクシングを心得て、1対5で勝利した頃には被害も無くなっていた」
「したんかい!」
「ストイック過ぎる……」
武道を喧嘩の道具にするなよ、という水は差さずに見逃しておいた。
1対5で勝つのは普通に凄い。堂上は勉強も出来るし、野球以外では勝ち目がないとすら思わされる。
「……金城、励みになったか?」
「な、ならないよっ!」
「だそうだ。もう一人くらい頼む!」
京田は再び無茶振りしてきたが……流石に無い袖は振れないな。
と、諦めかけたその時――。
「私もあるよ〜!」
「スーパーダウト!!」
恵が名乗り出たので、俺は再び表情を歪めてしまった。
スーパーライクみたいに言うなよ、というツッコミは、この時代だと通じないので心に留めておく。
「嘘じゃないですぅ〜。中学のとき一部の女子から嫌がらせされてましたぁ〜」
「あー……女子同士のやつ」
「女子のいじめって都市伝説じゃねえの? 俺見たことないぜ?」
「京田てめぇ反省してねぇだろ」
「陽ちゃんは理解ってないなぁ。女子は男子にバレたくないから隠れてやるんだよ〜」
「わかるっ! 陰湿だよねっ!」
これは少し聞いたことがあるな。
男子の虐めの本質は誇示。いじめっ子が強さを知らしめる為に、異性や仲間に見せびらかすように行われる。
一方、女子の虐めはシンプルな迫害。異性の前では可愛い自分でいたいので、バレないように隠れて実行する……というのが本能的な行動らしい。
「それでも意外だわ。女子とも仲良いだろ」
「うん。嫌がらせしてきた子達も表面上は仲良い友達だったし」
「えぇ……何があったんだよ……」
「主犯の子が片思いしてた男子が居たんだけどね、その男子が私のこと好きだったらしくてさ〜。まぁ嫉妬ってやつ?」
「生々しいな……」
「闇が深い……」
恵は軽いノリで語っているが、男子一同は少し引いていた。
そういえば、琴穂も3年生に気に入られた事が原因だったし、女子の嫉妬は恐ろしいと思わされる。
「具体的に何されたん?」
「体操着とか制服はよく隠されたなぁ。おデブな男子の鞄とかに入れてさ〜」
「冤罪かけられたデブかわいそう」
「あとは机に落書きとか? あ、トイレ入ったら上からバケツに入れた水が降ってきた事もあった!」
「学校でトイレ行くのが怖くなるやつっ」
「ま、別に気にしてなかったけどね〜。男子達は可哀想な恵ちゃんに同情してくれたし。けど……」
恵はそこまで語ると、少しだけ言葉を詰まらせた。
そして――。
「友達だと思ってた子が犯人だって分かった時は、ちょっとだけショックだったなぁ」
悲しそうな表情を浮かべながら、そんな言葉を溢した。
友達に裏切られる……か。今でこそ軽いノリで語ってるけど、当時は相当ショックだったに違いない。
「どうだ金城。報われたか?」
「私に責任転嫁するのやめて」
「金城の癖に難しい言葉使いやがるな……」
「……私きょーだくん嫌いかもしれない」
総括を丸投げする京田、結局ご機嫌ナナメの琴穂。
恵が重い話をした事で、少し気まずい雰囲気が漂っている。
落とし所が見つからない。このままだと、俺が面白いオチのいじめトークを捏造する事になるが――。
「お、イジメ自慢っすか?」
そう思った次の瞬間、津上が会話に割って入ってきた。
興味のある話題だったのだろうか。ただ、彼は歩く不祥事みたいな生物なので、何だか嫌な予感すら感じる。
「津上もあるのか?」
「っすね。まぁ俺はやる側ですけど。一番ヤバかったのは、仕切りたがりクソ生意気な女を不登――」
「はいこの話題終わり!!」
そんな感じで、2年生総出で津上の口を封じて、話題は強引に締められた。
このパンドラの箱を開けてはいけない。もうひとつ、高校では問題を起こさないよう、俺達で改心させようと心に誓うのだった。