145.まだ終わりじゃない
試合終了から先は、あっと言う間に時間が過ぎていった。
大衆が見守る中でのインタビュー、そして閉会式。閉会式は2校しか参加しないので、開会式と比べると静けさを感じる。
今年の参加チームは131校。
それがたったの2校まで絞られたのだから、賑わいが失われるのも当然か。
ただ、グラウンドには降りられなくとも、今日は大勢の高校の選手がスタンドに姿を現した。
そういった意味では、気持ちとしては全校揃った閉会式だったのかもしれない。
やがて閉会式が終わると、報道陣から次々とインタビューを受けて、ようやく俺達は解放された。
もう空は薄暗くなっている。それだけ長い時間、俺達は激戦を演じて、不毛な蛇足に付き合わされていたのだろう。
さて、晴れて自由の身になったが――最初に会う人物はもう決めている。
それは恵でも相沢でも、ましてやベンチ居た琴穂でもない。俺は"ある人物"に会うべく、一目散に一塁側スタンド裏に回り込んでいた。
「大倉さんも退任かねぇ。このメンバーで勝てなかった責任は取らなきゃダメだろ」
「けしからん、采配で負けた。普段やらないバントとかスクイズするからこうなるんだ」
「8回9回は監督のミスとしか言いようがねーよなぁ」
この辺りでは、白い帽子を被った初老の爺さん達が、残念そうに言葉を交わしている。
恐らく三高のOBだろうか。俺も名門所属だったから分かるけど、彼らは本当にタラレバが好きである。
と、愚痴を溢すOB軍団を掻い潜っていくと、ようやく選手達の姿が見えてきた。
「うぐっ……ひっく……」
「くそっ……ちくしょぉ……」
「………………」
顔を抑える篠原、縋るように柱を叩く雨宮。隅で蹲っている背番号4は町田だろうか。
俺は思わず視線を逸らしてしまう。いくら憎いくらい強かった三高とはいえ、この状況で気分が良くなるほど腐ってはいない。
大島も、荻野も、高山も、堂前も、そして宇治原も泣いている。
最強世代とはいえ所詮は高校生。最後の夏が終わったという事実は、そう簡単には受け入れられない。
そんな中――最後までブレていなかったのは、やはりあの男だった。
「高校野球史上最強のティームとまで言われ? 春夏連覇は通過だった僕達が?? 夏の甲子園に出れない……?? うふふふふふふ……これは面白くない冗談だね!! あはははははははははは!」
木田は狂ったように高笑いを上げている。
コイツは本当に変わらないな。お陰で同情を捧げる必要もないので気が楽だが。
「そうか、わかったよ! きっと野球のルールに欠陥があるんだ! そうでないと強い方が負けるなんてありえない! さぁ行こう先生、不正の疑惑も含めて今すぐ高野連に抗議しないと!!」
「(クソい……勝手に行ってろボケ)」
木田はそう言って大会本部の方向へ走り出す。
野球のルールは高野連じゃ変えられないだろ、と出掛かった言葉は何とか飲み込んだ。
「……何だよ、笑いに来たのか?」
木田の姿が見えなくなると、壁際に座り込んでいた木更津が声を掛けてきた。
会いたかった"ある人物"とは他でもない。都大三高のプレーンであり、試合前後に再三と絡んで来た木更津健人である。
恐らく高校球児として話すのは今日が最後。せめてもの別れくらいは告げておこう。
「別に。三高とは試合前後に絡むのが恒例になってたから、最後に会っとこうと思ってな」
「あっそう。悪いけど、こっちは絡む気なかったし、俺から言いたい事は1つもねぇぞ」
木更津は淡々と言葉を並べている。
そこに涙は一切ない。彼も普通の高校球児なのに、驚くほど冷静な態度を見せていた。
「……泣かないんだな」
「悔しくねーし」
「負け惜しみかよ……」
「そうじゃねぇ。試合を振り返ってた上で敗戦に納得してんだよ。負けに不思議な負けなし、夏に3度も負ける時点で俺らの実力不足だわ」
「なるほどな。それでも後悔とかないん?」
「俺達はベストを尽くして負けた。それ以上でもそれ以下でもねぇ。いつまでも泣いてねーで、次に必要なモノが何かを考えた方がいい」
「えぇ……」
キミ本当に人の心あるん?と出掛かった言葉は心の中に留めておいた。
しかし木更津もブレないな。とても高校生とは思えないメンタルだし、改めて強敵だったと痛感する。
「ま、強いて言うならお前のスカウトに失敗したのは後悔だな。やっぱ取り入れとくべきだったわ」
「それはどんなに粘っても無理だな。俺の天使が富士谷に居る限り」
「クソい……最後まで女かよ……」
「いや恋人はマジで大事だから。野球ゴリラには分からないだろうけど」
「はぁ……はよ帰れや。こっちはご傷心中なんだよ」
「さっき後悔ねぇって言ったじゃん……」
「たった今1つ後悔を思い出した。言わせんなクソが」
木更津が追い払ってきたので、俺は仕方がなく背中を向けた。
思い出した後悔とは女絡みだろうか。当時の三高は女子マネ禁止、かつ授業も殆ど受けていなかったので仕方がない。
と、そんな事を思っていると――。
「あ、言いたいこと一つだけあったわ」
木更津はそう言って引き留めてきた。
俺が振り返ると同時に、木更津はゆっくり立ち上がってくる。
そして俺の胸を拳で叩くと、口元をニヤリと歪めてきた。
「ぜってぇ負けんじゃねぇぞ。俺達に勝ったって事は、優勝以外ありえねぇからな」
「おう、任せとけ。お前も不貞腐れずに野球続けろよ」
「なんだそれ……続けない訳ねーだろ……」
正史の木更津は棋士になったけどな、とは言わなかった。
俺は西東京球児の想いを胸にプレーする。当然、そこには都大三高も含まれているし、暫定王者の代理という肩書も加わった。
あとは全国制覇を成し遂げるだけ。
痛みが再発した肘は不安だが……今日ほど手強い相手はいないし、今日ほど厳しい試合は無い筈だ。
柵も無くなったし楽しくプレーできる。と、そう思った次の瞬間――。
「か、柏原!!」
血相を変えた夏美が、捲れるスカートを気にせず全速力で駆けつけてきた。
「どうした?」
「はぁ……はぁ……」
だいぶ走り込んだのか、夏美は膝に手を付いて呼吸を整えている。
それと同時に、一筋の不安が俺の頭を過った。
このタイミングで夏美が焦りを見せている。
その理由は――考えられる限り1つしかない。
まさか。
まさかまさか。
「恵が……恵が倒れた!!」
夏美がそう叫んだ瞬間、俺は思わず言葉を失ってしまった。
あと2話くらいで10章完結です。
恐らく11章が最終章になると思います……!