142.ワンオペ投球
富士谷000 000 002 000 01=3
都大三000 000 101 000 0=2
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津
夕陽に染まった明治神宮野球場には、ボリュームを落とした「Chance三高」の音色が響いていた。
14回裏、一死満塁という場面。絶体絶命のピンチに、富士谷の内野陣はマウンドに集まっている。
「……柏原さんを信じるしかないって事っすね」
「ああ。疲労を差っ引いても柏原が一番抑えるだろうって」
「ま、なんとかなるっしょ〜。去年は2回くらい打ち取ってたしな〜」
尚、畦上監督の意向は「柏原と心中」だった。
やはりというべきか、王道本格派タイプの堂上には任せられない。
全国のドラフト候補達が秒で攻略されている以上、変わり種の俺にしか可能性は無いのだ。
「……プレイ!」
『只今のバッターは 4番 木田くん』
やがて内野陣が守備位置に散ると、吹奏楽部の演奏がハッキリと聴こえてきた。
一死満塁、迎える打者は木田哲人。今世紀最強の天才が左打席に入る。
「……やっぱり僕は神に愛されてるなぁ。圧倒的な才能に加えて、劇的なストーリーまで与えてくれるんだから。本当に感謝してもしきれないよ」
木田はバットを回しながら言葉を並べる。
相変わらず無駄口が多い……が、何時もよりは声が低い。
それだけ追い込まれたという事なのだろうか。
「さぁ、始めよう柏原くん……」
木田はバットを3周させた所で構えに入る。
そして力強く握り締めると――。
「僕のヒーローインタビューの前座をね♪ あはははははははははははは!!!」
高らかに笑い声を上げて煽ってきた。
その笑顔は狂人そのもの。とても心身共に健全な高校球児とは思えない。
「(す、凄え威圧感。ってか、全部打たれるのに何を要求すりゃいいんだ……)」
俺は駒崎のサインを覗く――が、彼は真顔で俯いている。
それだけ絶望しているに違いない。心做しか震えているようにすら見える。
こうなってくると、俺が全て組み立てるしかない。
幸い、此方から出すサインも準備している。木田はサインの解析なんてしないだろうし、一打席だけなら問題ない筈だ。
「(……すいません。絶対に捕るんで、柏原さんの好きなように投げてください)」
此方からサインを出すよう合図すると、駒崎は申し訳なさそうに頷いた。
取り敢えず球種は指定する。コースは四隅を順に構えて貰って、投げたい所で頷けば問題ない。
「(……内ですね、分かりました)」
一球目、俺はストレートを指定すると、内角高めに構えた所で頷いた。
先ずはクロスする直球で威嚇する。自分で決めたがり、かつ怪我を恐れる木田なら、無理して手は出してこない筈だ。
最悪、押し出しで1点でもいい。
それくらいの気持ちで、俺はインハイを目掛けて腕を振り抜いていく。
白球は木田の胸元に迫っていくと、大袈裟に仰け反りながら見送った。
「ボール!!」
「あ、あっぶねぇ……」
「避けてくれて助かったな……」
判定はボール。三塁側スタンドからは安堵の息が漏れている。
やはり避けてきたな。お陰で外を遠く見せられるようになった。
「(……バックドアですか。大丈夫ですかね?)」
二球目、俺はバックドアの高速スライダーを指定する。
但し本来ならボールになる球。木田の嫌われっぷりを逆手に取って、球審から温情ジャッジを取る算段だ。
少しでも枠に近付いたら死ぬ。
かと言って、遠過ぎてもカウントが劣勢になり詰んでしまう。
そんなギリギリの綱渡りで、俺は外角低めに高速スライダーを放った。
白球は構えより外に吸い込まれていく。
木田は出かかったバットを止めると、白球は膝より下、ベースの僅か外を通過していった。
果たして、球審の判定は――。
「ットライーク!!」
「ふぅん、それ取るんだ。ま、いいけどね!」
ストライクがコールされて、俺は安堵の息を漏らした。
よし、ここまでは思惑通り。木田を倒せる唯一の道筋を辿れている。
「(……マジですか。正気じゃないっすよ)」
そして迎えた三球目、俺は内角高めのサークルチェンジを指定した。
天才の木田に対して体に近い遅い球。非常にリスキーな一球だが――抑えるにはコレしかないと思っている。
この球を気持ち良く引っ張らせて、ポール際に特大ファールを打たせたい。
そうすればカウントを有利に持ち込めるし、次に投げる決め球も活きる筈だ。
「早く決め球で勝負しようよ柏原くん! 逃げ場なんてどこにも無いんだからさぁ!!」
木田は笑顔で煽ってくる……が、俺の考えは変わらない。
つい引っ張り過ぎる内角の遅い球。これでファールを打たせてカウントを有利にする。
狙いは内角高めギリギリ。
少しでも甘く入ったらサヨナラだし、そうでなくても半分は運頼みだ。
それでも……盛大に引っ張りたくなる一球を意識しながら、俺はインハイに抜いた球を放っていく。
「(つまらない男だなぁ。もう終わりにしちゃおーっと♪)」
その瞬間――木田もテイクバックを取ると、鋭いスイングでバットを出してきた。
豪快かつ繊細なスイングで振り抜いていく。完璧に芯で捉えた打球は、ピンポン玉のように軽々と飛んでいった。
「わああああああああああああ!!」
「これはいった……」
「切れてくれええええええええ!!」
距離で言えば150mは飛びそうな当たり。
高々と上がった打球は、ライト線の遥か上空を飛んでいる。
頼む……どうか切れて欲しい。俺にはそう願う事しかできない。
心身共に限界を迎える中で、夕陽に溶け込む白球を眺め続けた。
「どっちだ!?」
「いったろ!!」
「高過ぎて分かんねぇ!!」
白球はポールの遥か上を通過していく。
こうなってくると、マウンドからの目測だと判定は読めない。
いや……球場にいる誰から見ても、正確な判断できそうにない打球だった。
試合の行方、両者の運命は一塁審に託される。
果たして、彼の瞳に映った判定は――。
「ファ、ファール!!」
「おお〜……」
「あぁ〜……」
その瞬間、球場全体から安堵と落胆の息が漏れた。
富士谷000 000 002 000 01=3
都大三000 000 101 000 0=2
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津




