表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
579/699

141.定石を捨てた男

富士谷000 000 002 000 01=3

都大三000 000 101 000 0=2

【富】柏原―近藤、駒崎

【都】堂前、宇治原―木更津

「ボール、フォア!!」

「わあああああああああああああ!!」

「サヨナラの走者も出た!」


 14回裏、一死二塁という場面で、町田はフルカウントから四球を選んできた。

 露骨にカットする町田に根負けした形。ただ、その間に変化球の状態も確認できた。


 取り敢えず、意識して強く握れば今まで通りに投げられる。

 初球のスプリットも、二球目のスクリューも、しっかり手元で曲がってくれた。

 お陰でカウントが悪くなり、この四球に繋がってしまった訳だが……。


「(……今日は攻守でクソの役にも立たなかったな。勝てなかったら俺の責任、弁解の余地もねぇ)」


 一死一二塁、ここで迎える打者は木更津健人。

 西東京イチの洞察力と分析力を持つ男が、一塁側ネクストバッターズサークルを立ち上がる。


「(右サイドに対して左打席。表の無死二塁で5番と勝負。何れも定石通りだったけど、今日は全部裏目に出ちまった」


 木更津はゆったりした動きで、本日7度目の左打席に近付いた。

 しかし、そこで立ち止まってしまう。彼はバットを片手に、少し考え込んでいる様子だった。


「(根拠も理屈もねぇ事はしたくねぇけど……ここまで追い詰められた以上、高校野球ってのは"そういうもの"だと認めるしかねぇ。それなら――)」


 やがて木更津は顔を上げると、唐突な動きで球審の背後に回り込む。

 そして右打席の後ろに立つと――。


「(俺は今から定石を捨てる。不調な左ではなく、未知数の右に全てを託す……!)」


 石灰で描かれた白線を跨いで、右打席でバットを構えた。


「えっ……右サイド相手で右に入るの!?」

「あの木更津が逆張りかよ」


 予想外の選択に、スタンドもザワザワと騒がしくなっている。

 それもその筈。右投手が相手の場合、スイッチヒッターは左打席に入るのがセオリーだ。

 サイドスローなら尚更である。横投げや下投げは、対角の打席からだと球が非常に見易い。

 その中で――定石を愛する木更津が右に入った。その意外性は計り知れない。


 尤も、これは正史の木更津が使っていた手法でもある。

 というのも、一周目の俺は「序盤の右打者にはスライダーが軸」という組み立てだったので、スプリットを避ける為に使ってきたのだ。

 勿論、今回は出し惜しまないので関係ない。カウントが整ったら容赦なく決めにいく。


「(ラッキーですよ。内角攻めましょ)」


 一球目、駒崎の要求は内角のストレート。

 右vs右に慣れてない木更津に対して、窮屈な内角で詰まらせる算段だ。


 俺はセットポジションから腕を振り抜いていく。

 白球は構えた所に吸い込まれると、木更津はタイミングを合わせながら見送ってきた。


「ットライーク!!」

「(内角なのは分かってんだよ。いきなり手出すほど俺はバカじゃねぇ)」


 146キロのストレートが決まってストライク。

 木更津は球筋を見て頷いている。ここで軽率に打たない辺り、ちゃんと平常心を保てているに違いない。


「(続けましょう。但し今度はツーシームで)」


 駒崎は内角を攻め続ける姿勢。

 ファーストスイングで捉えるとは思えないし、ここで窮屈な内角を続けるのは賛成だ。

 後は力強い球を投げ込めるかどうか。詰まればワンチャン併殺も狙える。


 二球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。

 放った球は――内角に食い込むツーシーム。木更津は巻き付けるようにバットを振り抜くと、鋭い打球は三塁側のファールゾーンに飛んでいった。


「ファール!!」

「おおー!」

「捉えてる!!」


 これで0ボール2ストライク。たった2球で木更津を追い込めた。

 ただ、木更津も捉えているので、ここから先は慎重に攻めたい所だ。


「ボール!!」

「(やっぱ右には使うよな。それは余裕で読めたわ)」


 三球目、外の高速スライダーは見送られてボール。

 流石に安直過ぎたか。バットは微動だにしていなかった。

 そして――。


「ボール!!」


 四球目、内角高めのストレートは、僅かに外れてボールになった。

 球速表示は145キロ。対角かつ四角ギリギリの145キロだったが、木更津の選球眼に軍配が上がった。


「(……我ながら今のはよく見たわ。さて、そろそろ入れないと満塁で木田に回っちまうぜ?)」


 木更津は口元をニヤリと歪めながらバットを構え直す。

 彼は選球眼もミートセンスも抜群だ。四球狙いで粘ってくる可能性も十分にありえる。

 これ以上はカウントを悪くできない。腹を括って勝負するしかないだろう。


「(決めましょう。左右こそ違いますけど、今日の木更津さんは外のスプリットに合ってないっすよ)」

 

 五球目、駒崎の要求は外角低めのスプリット。

 枠内に入るか入らないくらいの高さで、あわよくば見逃し三振も視野に入れる算段だ。


「(……外かな。今日は外のスプリットに散々やられてるし、勝負するならココしかねぇだろ)」


 俺はセットポジションから左足を上げると、木更津も左足を引いてテイクバックを取った。

 先程のような失投は絶対に許されない。白球を力強く挟み込みながら、鋭く右腕を振り抜いていく。


 白球は構えた所、外角低めに吸い込まれていった

 木更津は迷わずバットを出していく。白球は手元で鋭く沈むと、次の瞬間――。


「(柏原のスプリットは僅かにシンカー方向に曲がる。だから左だと芯までは届かなかった。けど右なら逆に入ってくるから……ギリで届く!!)」


 木更津は精一杯腕を伸ばすと、シャープなスイングで捉えてきた。

 俺は思わず目を丸めてしまう。ちゃんと沈んでくれただけに、このバッティングには驚きを隠せない。 


 左では僅かに届かなかった外のスプリット。

 ややシンカー気味の独特な軌道に対して、木更津は右から打つ事で突破口を見出したのだ。


「わあああああああああああああああああああああ!!」

「捕ってええええええええええええええええ!!」

「抜けるぞ!!」


 鋭いゴロは一二塁間、ちょうど真ん中あたりに飛んでいく。

 鈴木と渡辺は同時に飛び込む――が、どう見ても届きそうにない。

 打球はあっと言う間にライトまで抜けていくと、ライトの堂上は左手だけで捕りにいった。

 そして――。

 

「篠原ストップ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「すげぇ!!」


 渾身のバックホームを披露すると、篠原は三塁を過ぎた所で引き返した。

 ホームインは阻止して一死満塁。なんとか同点打は阻止したものの、木更津の一打で最悪の事態になってしまった。


「っしゃあ!!」

「先生があんなガッツポするの初めて見たわ」

「それだけ本気っちゅー事や!」


 木更津は握り拳を作りながら吠えている。

 あの冷静沈着な男が叫ぶのだから、それだけ嬉しかったに違いない。


 それもその筈、このレフト前ヒットはただの単打ではない。

 並のシングルヒットより重く、普通の一死満塁より価値がある好機だった。

 何故なら――。


「チェックメイトだよ柏()くん。流石に焦らされたけど……僕達の勝ちだね」


 14回裏、1点リード、一死満塁。

 退路を完全に断たれた所で、本日出塁率10割の男――木田哲人の打順を迎えた。


富士谷000 000 002 000 01=3

都大三000 000 101 000 0=2

【富】柏原―近藤、駒崎

【都】堂前、宇治原―木更津

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ