136.堂上に読み合いは似合わない
富士谷000 000 002 000 0=2
都大三000 000 101 000 0=2
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津
夕暮れに染まりつつある明治神宮野球場には、吹奏楽部が奏でる「怪盗少女」の音色が響いていた。
14回表、富士谷の攻撃は堂上から。俺に代わって4番を任された男が右打席に向かった。
「(ふむ……表情がどうとか言っていたな。最終打席だしやむを得ん、ダメ元で試してみるか)」
堂上は打席の前で此方を凝視している。
彼にしては珍しい。今までサインの確認なんて、1度たりともしなかったというのに。
それだけ堂上も動揺しているのだろうか。
「(コイツだけは何考えてるのか微塵も分からねぇ。引っ張り警戒で無難に外中心でいくか)」
「(この回0なら同点は確定や。最初から本気でいくで)」
木更津の構えは外角低め。宇治原も二つ返事で頷いている。
延長でもテンポの良さは変わらない。宇治原は投球モーションに入ると、唸るような豪速球を振り下ろした。
「ットライーク!!」
162キロのストレートが決まってストライク。
外角低め、やや甘く入った球だったが、堂上は悠々と見逃した。
「(変化球狙いか? ボールになる変化で誘ってみるか)」
「(先生は慎重やなぁ。まぁええけど)」
二球目、今度は鋭く落ちる縦スライダーを投じていく。
堂上のバットは揺かない。そのまま悠々と見送ると――。
「ボール!」
これはワンバウンドしてボールが宣告された。
二球続けて全く打つ気なし。これも堂上にしては非常に珍しい。
何か考えがあるのだろうか。驚くほど顔に出ないので全く読めない。
「(……たぶんノーコン相手だし慎重になってるって所か。早いとこ追い込んだ方がいいかもな)」
三球目、木更津は外角低めにミットを構えている。
恐らく初球に見逃したコースを使う算段。しかし――。
「ボール、ツー!!」
162キロのストレートは、高めに外れてボールになった。
「(縦スラの方がコントロールできるか?)」
「(俺は先生に従うだけやで)」
四球目は低めに構えた縦スライダー。
これも高めに浮くと、白球は甘いコースへと落ちていく。
「ットライーク、ツー!!」
堂上はピクリとも動かずストライク。
並行カウントだが追い込まれた。こうなってくると次は打つしかない。
「ファール!」
五球目、ストレートはカットしてファール。
これも露骨なカット打ちだ。前に飛ぶ気配は全く無い。
そして――。
「ボール、スリー!!」
「おお〜!」
「よく見た!」
六球目、外に逃げる高速スライダーはバットを止めてボールになった。
「(ッチ、釣られないか。柏原と鈴木の前にランナー出したくねぇんだけどな)」
「(またフルカウルやんけ。ほんま勘弁してくれや)」
フルカウルまで縺れた事で、バッテリーは少しバツが悪そうにしている。
一方、堂上は一旦打席を外すと、顎に手を当てて考え込み始めた。
「(ふむ……全く分らん。そもそも癖があるなら木更津が先に気付いている。そう考えると見るだけ無駄だったな)」
堂上はゆったりした動きで打席に戻っていく。
やがてバットを構え直すと、鋭い目つきで宇治原を睨み付けた。
「(まあいい、お陰で有利な状況は作れた。それだけでも十分だ)」
吹奏楽部が奏でる「怪盗少女」が流れる中、堂上と宇治原の視線が交差する。
次の一球で何が起こるか。試合の明暗を分ける大きな局面だが、俺はネクストバッターサークルで見届ける事しか出来ない。
「(165キロぶん投げろ。変化も見切られてるしコレしかねぇ)」
「(先頭フォアは洒落にならん。とにかくストライクに全力投球や)」
七球目、木更津の構えは外角低め。
入れやすい所で直球勝負か。宇治原の制球を考えたら妥当な判断だろう。
「(見逃してくれてもええんやで……!)」
「(……すまない留美奈、やはり俺には読み合いは向いていなかったようだ)」
宇治原は投球モーションに入ると、堂上は左足を引いてテイクバックを取った。
長身のオーバーハンドから白球が放たれていく。豪速球は真ん中に吸い込まれていくと――。
「(俺は今まで通り己の直感を信じる……!)」
堂上は豪快なスイングで白球を捉えた。
差し込まれつつも捉えた打球は右中間へ。堂上は美しいフォロースルーを描き、流れるような動きでバットを投げ捨てていく。
「わああああああああああああああああああああああああああ!!」
「でかいぞ!!」
スタンドからも大歓声が沸いている。
球速表示は164キロ。球速が速いという事は、それだけ反発も貰えているに違いない。
「(あ、あかん……!)」
「(いや、外野は予め下がってる。入らなきゃ雨宮の守備範囲だろ)」
「おっけー!!」
目を丸めながら振り返る宇治原。
一方、木更津は落ち着いた表情で打球を見上げている。
ライトの雨宮は既にフェンス手前。その場で右手を上げると、左手のグラブを高々と掲げた。
ホームランか、ライトフライか、或はフェンス直撃か。
白球は際どい所に落ちていく。果たして、打球の行方は――。
「(これは……無理!!)」
「フェア!!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
「惜しいいいいいいいいいいいいい!!」
雨宮は咄嗟にクッション処理に切り替えると、打球はフェンスの上部に直撃した。
渾身のストレートを捉えた長打性の当たり。堂上は一塁を蹴って二塁も落としに行く。
「処理はええっ。ストップ!!」
雨宮がダイレクトキャッチを諦めた分、内野への返球は思ったよりも早かった。
三塁コーチャーの中道は両手を広げストップを指示。堂上も二塁をオーバーランした所で足を止める。
その瞬間、割れんばかりの大歓声が再び巻き起こった。
「よっしゃー、ナイバッチ!!」
「っぱ堂上よ!!」
「さぁチャンスで柏原だ!!」
フェンス直撃のツーベースで無死二塁。
願ってもない好機が来た。これには思わず表情も綻んでしまう。
これで俺のヒットでも得点が可能になった。
万が一「柏原敬遠」という奇策で来たとしても、鈴木で送って中橋でスクイズができる。
この無死二塁はどう転んでも美味しい。
と、そんな事を思っていると――。
「タァイム!!」
ここで都大三高は守備のタイムを取ってきた。
富士谷000 000 002 000 0=2
都大三000 000 101 000 0=2
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津