135.気合注入
富士谷000 000 002 000 0=2
都大三000 000 101 000 0=2
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津
13回裏終了後、俺は円陣に加わらず、ネクストで待機する準備を進めていた。
14回表の攻撃は4番の堂上から。余程の事がない限り、5番の俺に回る最後の攻撃だ。
この14回表を逃すと、15回表は下位打線頼みになってしまう。
そうなると勝ち越しは絶望的。仮に抑えても再試合となり、激戦続きで満身創痍の富士谷に勝ち目は無い。
理想は……俺と堂上で無死一三塁を作ること。
こうなってくると、鈴木は犠牲フライでも得点できるし、保険で中橋のスクイズも使える。
究極は俺と堂上の2人で点を取る事だが、そう簡単に長打は出ないだろう。
俺が打って俺が抑える、或いは堂上と鈴木も含めた3人で点を取る、という都立らしい構想。
結局、この原点に戻ってきてしまった。それだけ今日の相手は特別であり、普通に上手い程度の高校生では無力なのだ。
という事で、この回に宇治原を攻略するのはマストである。
幸いストライクボールはハッキリしてきた。津上は直球を捉えて大飛球を放っていたし、甘く入った球であれば十分にヒットを狙える。
あとは球種とコースの見極めだが――。
「ねねっ、竜也っ」
と、そんな事を思っていると、琴穂が話し掛けてきた。
「ん、なに?」
「宇治原の癖わかったかもっ」
「ほぉー」
「しかも3つ!」
「おぉ」
ドヤ顔の琴穂に対して、俺は少しばかり期待を寄せてみる。
彼女は野球素人だが目が良い。もう2年前の話になるが、堂上の「フォームで球種がバレる癖」を見抜いている。
聞いてみる価値は十分にある筈だ。
どんな些細な事でもいい
少しでも球種ないしコースが絞れるなら、それだけでもヒットの確率は大幅に上がる。
そんな期待をしながら耳を傾けると――。
「宇治原はね、ストレートを投げる時だけ「おりゃぁっ」って言う時あるよっ」
「そう……」
クソの役にも立たない意見だったので、思わず表情を歪めてしまった。
うん……知ってるよ。テレビ観戦や客入りの多い試合では聞こえないが、投げる瞬間に小声で叫ぶ高校生は少なくない。
ただ、声が聞こえるのは球が放たれる直前なので、球種の識別で使うのは難しいのが現実だった。
「2つ目は?」
「んっとね、ストレートのサインの方が心なしか嬉しそうな顔をしてる……気がするっ」
「曖昧だなぁ」
そして2つ目は宇治原の表情。
これは本当なら使えそうだけど、打席で対面した感じだと全く分からなかった。
心の綺麗な琴穂にしか感じ取れない何かがあるのだろう。
「さて、期待してないけど3つ目も聞こうじゃないか」
「ふっふっふっ……真打だよっ。耳貸してっ」
満を持して迎えた3つ目、琴穂は耳を貸すよう要求してきた。
ここにきて極秘情報。とは言っても、周りには仲間しか居ないのだけれど。
俺は言われるがままに顔を近付ける。
すると次の瞬間――琴穂の柔らかい唇が、俺の左頬に軽く触れた。
「おまっ……人前だぞ」
「にししっ、がんばって!」
琴穂は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
今のは完全に不意打ちだった。たかがキスの筈なのに、少しばかり顔が熱くなってしまう。
まぁ……今さら都合の良い癖なんて発覚する訳ないか。
ここまで来たら技術よりも精神論。気合も入れて貰った事だし、気迫とか根性とか覚悟で相手を上回るしかない。
琴穂はそう言いたかった……という事にしていこう。
富士谷000 000 002 000 0=2
都大三000 000 101 000 0=2
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津