57.恐怖の強力打線?
西東京大会準々決勝
7月26日(月) 明治神宮野球場 第3試合
都東大学第二高校―都立富士谷高校
スターティングメンバー
先攻 都大二高
左 ⑦菅野(3年/右左/170/67/杉並)
遊 ⑯八谷(2年/右右/174/63/練馬)
二 ④大嶋(3年/右右/170/80/狭山)
一 ③新田(3年/右左/178/79/練馬)
三 ⑤市川(3年/右右/180/77/川崎)
右 ⑩大野(2年/右右/170/70/杉並)
中 ⑧坂元(3年/右右/180/73/杉並)
投 ⑱折坂(1年/左左/171/72/武蔵野)
捕 ②小西(3年/右左/169/70/小金井)
後攻 都立富士谷
中 ⑧野本(1年/右左/175/64/日野)
遊 ⑥渡辺(1年/右右/171/62/武蔵野)
右 ⑨金城(3年/左左/180/78/府中)
投 ①柏原(1年/右右/177/72/府中)
左 ⑦堂上(1年/右右/178/75/新宿)
一 ③鈴木(1年/右右/177/70/武蔵野)
捕 ②近藤(1年/右右/170/70/府中)
二 ④阿藤(2年/右右/170/58/八王子)
三 ⑤京田(1年/右右/163/53/八王子)
グラウンドを囲う青いフェンスに、内外野に広がる緑色の人工芝。
マウンドとベース回りは赤土で、走路と内野後方には赤茶色の人工芝が使われている。
その全てが懐かしかった。
7球の投球練習で、神宮の感覚をしっかりと思い出す。
あっという間に6球を使うと、最後は被盗塁の確認をして、プレイボールが告げられた。
『1回の表 都東大学第二高校の攻撃は 1番 レフト 菅野くん。背番号7』
アナウンスと共に、紅の前奏が流れ始めた。
先頭打者、菅野さんが左打席に入る。
170cm67kgと体は大きくないが、ここまでの打率は約6割。足も速く、理想的な1番打者と言えるだろう。
初球、近藤は外角低めにミットを構えた。
俺は小さく頷くと、ノーワインドアップから、全身全霊のストレートを放る。
少し外れてボール。球場が響動めくと、然り気無くバックスクリーンを見上げた。
「142か、悪くないな」
俺は少しだけ笑みを溢した。
広告と共に表示された球速は142キロ。サイドスローの1年生で、ここまで速い投手はいないだろう。
俺は神宮で投げる時、必ず先頭打者で自己最速を狙う。
理由は単純。観客、そして相手チームに、明確な数字で圧を与える為だ。
球速という指標には賛否両論あるが、俺は意味のあるものだと思っている。
勿論、速いだけでは意味がないだとか、制球やキレのほうが大事だという考え方も否定はしない。
それでも、今後10年の高校野球において、甲子園で優勝する高校のエースというのは、全員がMAX140キロ超を記録している。
その歴史を見ても、球速という数字に意味があるのは明らかだ。
「(サイドなのにスゲー球。こりゃ外野に打つのは難しいかもな)」
菅野さんはミットを見つめてから、再びバットを構え直した。
「(ま、西の弱小はアレに慣れてないからな。ちょっと意地悪させてもらうぜ)」
二球目。近藤は再びミットを外に構えた。
次はストライクが欲しい。そう意識して球を放ると、菅野さんはバットを振り下ろした。
「(よし、狙い通り……!)」
叩き付けた強い当たりは、サード正面に飛んでいった。
打ち取った――と思ったその時、高いバウンドになった打球は、二歩ほど前に出た京田の頭を越えていった。
「わりぃ」
「土より跳ねるからな、気を付けろよ」
神宮の人工芝は、土のグラウンドより遥かに跳ねる。
ノックの時に確認したとはいえ、今まで土しか経験していない1年生にとって、このバウンドは難しかったかもしれない。
続く2番打者は2年生の八谷さん。
この選手の事はよく覚えている。都大二高にしては珍しく守備が上手い。
ただ、正史の準々決勝では、出番が無かった記憶がある。
右サイド対策として抜擢されたのだろうか。
しかし、八谷さんは右打者で、本来レギュラーの高梨さんは左打者。
後者のほうが、右サイドの攻略には向いているように思えた。
初球、枠より外のストレート。
セーフティの構えだけ。見送ってボール。
「(……うん、落ち着いていけば好きな所に転がせるな)」
八谷さんはベンチのサインを確認する。
慎重に入ってみたけど、ここは無難に送る可能性が高いだろう。
二球目、狙いは外いっぱいのストレート。
セットポジションから左足を上げると、菅野さんはスタートを切った。
「走ったぁ!」
内野からの掛声と共に、八谷さんはバットを寝かせる。
外のストレート、それも近藤の肩なら、決して刺すのは難しくない。
そう思って腕を振り抜くと、八谷さんはバットを引かずに、そのまま前へ転がした。
打球は一塁側、やや投手寄りに転がった。
俺は白球に向かって駆けると、落ち着いて拾い上げる。
二塁は絶対に無理だ。手堅く一塁に――って、誰もいない……!
「「わああああああああああ!!」」
その瞬間、三塁側から大歓声が沸き上がった。
一塁ベースは無人。菅野さんは既に二塁に到達していて、俺はどこにも投げられなかった。
なんてことはない、ショートの渡辺に加え、普段は一塁カバーに入る阿藤さんが、盗塁を見て二塁に向かっていたのだ。
それにも関わらず、俺と鈴木は二人で球を追ってしまった。結果、一塁が空いてしまった。
「いやー俺だったな~、メンゴメンゴ」
鈴木はそう言って舌を出した。
この判断は難しい。投手の守備範囲ではあったけど、鈴木のほうが先にスタートを切っている。
京田が三塁から動けない以上、投手が処理するのが基本となるが、打球を見てから最短で一塁のカバーを目指せば、この事態は防げたかもしれない。
しかし――強打のチームがバントエンドランか。
それもセオリーの三塁側ではなく、あえて一塁側に転がしてきた。
恐らく、守備が脆い富士谷が相手なら、オールセーフも狙えるという算段だったのだろう。
3番打者は大嶋さん。
体に厚みがある右打者だったが、またもバットを寝かせてきた。
今度は無難に処理してワンアウト。ランナーは進んで一死二三塁となった。
『4番 ファースト 新田くん。背番号 3』
チャンステーマの怪盗少女と共に、4番の新田さんが左打席に入った。
178cm79cmと体格に恵まれていて、オープン気味の構えにも風格がある。
この選手の事もよく知っている。
今から約1年前、足に大怪我を負った関係で、今でも全力疾走ができない。
また、その影響かはわからないが、正史では一二塁を抜くヒットばかりを放っていた。
そんな状態でも4番で使われるあたり、非常にセンスのある打者なのは間違いない。
ただ、弱点もハッキリしている。内野安打の恐れもないし、引っ張り方向に打たせなければいい。
初球、近藤は外角低めにミットを構えた。
球種はバックドアのスライダー。徹底した外攻めで、打ち損じを狙う算段だ。
要求通り、外に向かってスライダーを放つ。
その瞬間――新田さんは右足を踏み込んで、姿勢を崩しながら球を捉えた。
それはまるで、外に来るのを知っていたかのように。
「……うめぇな」
打球はセカンドの頭を越えていった。
三塁走者は悠々とホームを踏む。ライトの孝太さんはレーザービームを披露したが、二塁走者は三塁で止まっていた。
たった6球で失点してしまった。
二塁走者の無駄に慎重な走塁も腹立たしい。
もっと東山大菅尾戦みたいに暴走してくれたら、アウトを1つ奪えたというのに。
続く市川さんは簡単にセンターへ打ち上げると、これが犠牲フライになった。
後続は打ち取ったものの、初回から思うようにいかないあたり、流石は西東京屈指の打線と言ったところか。
まあ……大して打たれた訳でも無いのだけれど。
なんにせよ、今日の想定は乱打戦だ。この2点に大した重みはない。
都大二2=2
富士谷=0
(二)折坂―小西
(富)柏原―近藤