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127.崖っぷちなんてレベルじゃない

富士谷000 000 002=2

都大三000 000 101=2

【富】柏原―近藤、駒崎

【都】堂前、宇治原―木更津

「抜けたああああああああああああああああああああ!!」

「わああああああああああああああああああああああ!!」


 その瞬間――打球は三遊間を抜けていくと、今日何度目かも分からない大歓声が沸き上がった。

 バントの構えから一転、ヒッティングに切り替えてレフト前ヒット。サヨナラの走者が二塁に到達し、三塁側の富士谷サイドはお通夜状態になっている。


 それもヒットを要する一死二塁ではない。ノーヒットで得点できる無死一二塁だ。

 極端な話、三高は二者連続でバントすれば勝ててしまう。それくらい予断を許さない状態になってしまった。


「ふぅ……」


 俺は溜息を吐いて心を落ち着かせる。

 くそ……なんというか簡単に打たれるな。こっちは連打なんて出やしないのに。

 改めて思うけど、積んでいる戦力が違い過ぎると痛感する。


「タァイム!」


 と、ここで畦上監督はタイムを要求してきた。

 伝令要員の夏樹がマウンド駆け寄ってくる。それと同時に内野陣も集まってきた。


「肉おじは何て?」

「とにかくミスだけは駄目だって。あと流石に次は送るだろうけど、安易に塁は埋めない方が良いかもって言ってました」


 夏樹は畦上監督の伝言を並べていく。

 次の打者は当たっていない雨宮。もうノーヒットで得点できるし、流石に送ってくるに違いない。


 仮に送らせたとして一死二三塁。

 セオリー通りなら敬遠で満塁にすべきだが……ここで一つ問題が生じてくる。

 というのも、8番の荻野を敬遠してしまうと、1番の篠原まで回る恐れがあるのだ。


 二三塁で荻野高山と勝負するか、それとも満塁で高山篠原と勝負するか。

 平均打率が高いのは篠原が混ざる後者だが、一死で対決する荻野と高山の比較なら前者の方が厄介である。

 そう言った意味でも、非常に難しい場面だった。


「無理に三塁封殺は狙わず、取れるアウトを取って、後はかっしーさんを信じましょう……って感じっすね」

「た、頼むぞ柏原……!」

「冒険はできね〜よなぁ。俺そんな肩強くね〜し」

「(こっちに飛んで来ませんように……)」


 選手達の表情も心做しか引き攣っている。

 それもその筈、内容によってはエラー1つでサヨナラ負けだ。

 たった1プレーで仲間全員の夏が終わる。そのプレッシャーは余りにも計り知れない。


「鈴木さん、暑さも吹っ飛ぶくらいエロい猥談ないっすか?」

「いや〜気分じゃね〜わ。ま、次までに何か考えとく」

「そっすか」

「あれよ、次を実現する為にも投げ勝ってくれって事で!」

「ですって」

「おう」


 そんな感じで、内野陣は各位置に散っていった。

 鈴木先生も珍しくノーコメント。津上は割と落ち着けているが、京田と渡辺は緊張気味だ。


「……プレイ!」

「(右打者が頑張ってるし俺も繋げねーとな。左で打ってる意味がねぇ)」


 無死一二塁、打者は雨宮という状況で試合が再開された。

 雨宮は俊足なのでセーフティも考えられる。一方で、二塁走者の宇治原は決して俊足とは言い難い。

 畦上監督からの指示は「手堅く」だが……三塁封殺を十分に狙える場面だ。

  

「(サード方向にバントさせましょう。フォースアウトですし柏原さんのフィールディング間に合いますよ)」


 駒崎の同じ考えのようで、初球は外のスクリューを要求してきた。

 一方、雨宮はヒッティングの構え。やはりというべきか、初球はセーフティバントを試みるのだろう。


「(本当にバントか……?)」

「(流石に送りますよ、雨宮さん当たってないですし)」

「(また強攻あんじゃね~?)」


 先程のバスターのせいか、内野陣は少し戸惑いを見せている。

 この中途半端な状態で勝負は危険だな。要求よりもハッキリと外して、相手の出方を観察しよう。


 一球目、俺はボールになるスクリューを投じた。

 雨宮はバントの構えに切り替えてくる。そして直ぐにバットを引くと、白球はベースの外でワンバウンドした。


「ボール!」


 判定は当然ながらボール。

 取り敢えず出方は確認できた。ノーヒットで勝てる場面だし、雨宮はセーフティバントに違いない。


「(やっぱりバントだ)」

「(そりゃ送るしかないでしょう)」

「(もう少し前に出るか~)」


 方針が定まった事で、鈴木は先程よりも一歩だけ前に出てきた。

 後は三塁線寄りのピッチャー前に転がせるかどうか。雨宮のバント技術は不明だが、此方も公式戦では不慣れな筈だ。


「(外角のストレートで。雨宮さんはボール球に手出し易いので、保険で少しだけ枠から外しましょう)」


 二球目、駒崎の要求は外角に少し外したストレート。

 様子見を兼ねつつ、あわよくばサード側に強いバントを転がさせる算段だ。


 投げたら直ぐに捕りに行く。

 そう意識しながら、俺は外角を目掛けて腕を振り抜いていく。

 しかし、雨宮はバットを寝かせない。そのままテイクバックを取ると――。


「(しっかり振り抜いて……俺で決める!!)」


 雨宮は鋭いスイングでストレートを振り切ってきた。

 またしても意表を突いた強攻策。雨宮は鮮やかな動きでバットを投げ捨てると、ライナー性の打球は三遊間の頭上を越えていった。


「わあああああああああああああああああ!!」

「お、落ちるか!?」

「レフト捕って!!」

「いや無理すんな!!」


 外野がバックホームに備えていたが故に、レフト前に落ちるか際どい当たり。

 ただ、宇治原は間違いなくホームまで帰れない。抜けたら確定でサヨナラなので、ノーバウンド捕球を狙うのはリスキーな打球だ。


「(ここで捕れれば楽になるけど……無理!!)」

「ストップ!!」


 中橋は前に一歩踏み出した……が、直ぐに足を止めて諦めた。

 白球は手前でワンバウンドする。二塁走者の宇治原も三塁で止まると、スタンドからは安堵と歓喜の声が沸き上がった。


「おお~!!」

「あぶねぇ」

「もう後がないぞ……!」


 鮮やかなレフト前ヒットで無死満塁。

 なんとか首の皮一枚繋がったものの、遂に絶体絶命の窮地まで追い込まれてしまった。


「マジか……」


 俺はバックスクリーンを見上げながら苦笑いを溢す。

 不味いな……流石に焦りを隠せない。ホームランの木田を含めると4連打だ。 

 それも裏を突かれたとか関係なく、普通にクリーンヒットを打たれている。

 

 三高打線は4巡あれば俺でも捉えるという事なのだろうか。

 仮に無死満塁で下位打線を抑えても延長戦。富士谷の10回表も下位打線なので、この地獄は少なくとも2イニングは続いていく。

 考えれば考えるほどポジティブな要素がない。ただでさえ絶望的な状況なのに、ここを乗り越えた先に待っているのも、また絶望だ。


「……タイムで」

「タァイム!!」


 取り敢えず落ち着く時間が欲しい。

 不幸中の幸い、富士谷にはタイムが1回だけ残されている。

 俺はセルフでタイムを要求すると、再び内野陣が集まってきた。

富士谷000 000 002=2

都大三000 000 101=2

【富】柏原―近藤、駒崎

【都】堂前、宇治原―木更津

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