56.ただいま神宮
2010年度 西東京大会準々決勝
【明治神宮野球場】
第一試合 ◎都大亀ヶ丘―都立昭成
第二試合 ○創唖―□都立比野
第三試合 △都大二高―都立富士谷
【神宮第二球場】
第一試合 △佼呈学園―□明神大仲野八玉
◎第一シード ○第二シード
△第三シード □第四シード
迎えた準々決勝当日は、朝から大粒の雨が降り注いでいた。
天気予報、そして正史通りであれば、今日から二日間は降り続く事となる。
雨に強い人工芝の明治神宮野球場では、1試合目の都大亀ヶ丘vs昭成が強行されたが、2回表には中断され、ノーゲームとなった。
それから二日後、厚い雲はすっかり消え去り、強い日差しが照り付けていた。
富士谷高校の試合は3試合目、14時30分開始予定。12時現地集合だったが、俺は9時前に現地入りした。
明治神宮野球場。
東京都新宿区に位置し、プロ野球チームのホームにもなっている、東京最大級の野外球場だ。
収容人数は3万5千人以上。フェンスや内壁は青が基調になっていて、通路には多くの売店が並んでいる。
俺はこの球場が好きだった。
というのも、東東京の上位シードは、全ての試合を神宮で行える。
かつて東の名門にいた俺にとって、この球場はホームであり、思い出の場所だった。
「あ、かっしー珍しいね。絶対ギリギリに来るかと思ったのに」
そう言って隣に座ったのは、灰色の短いスカートに、水色のYシャツを着た少女――恵だった。
「そりゃな、準決と決勝の相手を見れる訳だし」
彼女の言う通り、本当ならギリギリに来たかった。
何度でも言うが、結果を知っている試合を観るのは苦痛である。
ビールや神宮限定のメロンソーダハイボール(当時は無いけど)を飲める訳でもないし、微塵も楽しめる要素がない。
「お待ちかねの神宮なのにテンション低くない?」
「そりゃー思い出の地だけどよ。結果のわかってる試合を観るのは苦痛だからな……」
「あはは、まあね~。けど、ちゃんと早めに来るあたりは流石だね」
俺とは違い、恵は楽しそうにしている。
西東京が神宮で試合を行うのは、開幕カードか準々決勝以降。希に5回戦から使う年もあるが、俺達の現役期間には無かった。
つまり恵にとって、神宮で応援するのは初めての事。その喜びが勝っているのだろうか。
やがて9時を迎えると、1試合目、都東大学亀ヶ丘高校と昭成高校の対決が始まった。
言うまでもなく、都大亀ヶ丘は都東大学系列だ。
東京には、この都大○○がやたらと多く、その殆どが強豪ないし古豪である。
都大亀ヶ丘は前者、つまり現役の強豪校。正史では準優勝だったので、順調に行けば決勝の相手となる。
試合は都大亀ヶ丘のペースで進んでいった。
この高校は、とにかく選手達に厚みがあり、打球が簡単に外野の頭を越えていく。
一方、投げては1年生右腕の勝吉が5回2失点の好投を披露。MAX138キロを記録し、俺より先に存在感をアピールしていた。
そして迎えた5回裏、幾度となく流れるチャンステーマ「シェリーに口付け」にも飽きてきた頃、12点目が入ってコールドが成立。
その頃になると、球場の内野席はほぼ満員になっていた。
「うわっ、めっちゃ人増えたな」
「そりゃ~、次の試合は人気校同士だからね~」
続く2試合目、都立比野高校と創唖高校の対決。
比野は西東京最強の都立とも名高く、選手達も強豪私学並の体格を誇っている。
一方で、創唖は宗教色の強い強豪私学。宗教団体の拠点がこの近くにある事もあって、応援には気合いが入っていた。
この勝者が次の相手で、正史では創唖が勝っている。
創唖は1年生が5人もベンチに入り、内3人はレギュラー選手。先程の勝吉といい、この世代の西東京は有望選手が多すぎて、つい溜め息が漏れてしまう。
それと同時刻、隣の神宮第二球場では、佼呈学園と明神大学附属仲野八玉高校の試合が行われていた。
この勝者は次で都大亀ヶ丘に負けるため内容は割愛。正史通り8対7で佼呈学園が勝利した。
やがて富士谷の選手が全員集まると、一度外に出て軽く体を動かした。
第2試合が中盤に差し掛かったところで、孝太さんがメンバー表を交換。珍しくじゃんけんに勝利し、後攻を取った。
この頃、試合は2対0で比野がリードしていて、選手達は「比野勝つんじゃね?」「次は都立対決だな!」と期待を寄せていた。
ただ、そんな選手達の期待も虚しく、正史通り4対2で創唖が逆転勝ちを収めた。
第2試合終了の時点で時刻は13時40分。
一塁側ベンチ・創唖の選手達と入れ替わって、ようやく人工芝の感触にありつけた。
雲一つ無い炎天下の中で、選手達はアップ等をこなした。
三塁側・都大二高のブルペンでは、背番号18の左腕・折坂だけが球を投じている。
「また柏原くんの読みがあたったね~」
「実にくだらん。誰であろうと打てば良いだけだろう」
野本と堂上が何か話していた。
ブルペンまでは聞こえないけど、内容は何となく察せる。
正史通り、都大二高の先発は1年生の折坂。
そして――打っても5番打者の西東京No.1右腕・横山さんはベンチスタートだった。
やはりと言うべきか、彼は試合に出れる状態では無いのだろう。
『都東大学 第二高校は シートノックを開始してください。ノック時間は 7分 です』
先攻の都大二高からシートノックが始まった。
俺は投げ込みを中断して、グラウンドに視線を向ける。
紺色の帽子に、少し色褪せた白色のユニを着た選手達は、軽快かつ鮮やかな動きを披露していた。
都大二高は守備が粗い――と言っても、それは"強豪にしては"に過ぎない。
富士谷よりも遥かに上手いし、大量失策には期待できないだろう。
その中で、俺は背番号20の選手を探した。
今大会のベンチ入り1年生で唯一、俺と恵の記憶に無かった選手・相沢涼馬。
埼玉出身の右投左打で、171cm64kgと平凡な体格をしている。
一体、彼はどんな選手だったのだろうか。
恐らく、ここで消える選手なんだろうけど、一人の高校球児として、未来を知る人間として、その姿を確認しておきたい。
「……んだよ、ボールボーイか」
しかし――期待は簡単に裏切られた。
彼はヘルメットを着用し、鞄を肩に掛けて、一塁の回りをウロウロしている。
控え投手か、或いは負傷している野手なのか。見せられないほど守備が酷い代打専……という可能性も無くはない。
なんにせよ、出番が来たら全力で叩き潰すだけだ。
かつては「救いたい」なんて甘い事を言ったけど、そんな情をかけられる程、西東京という地区は甘くない。
それは今までの死闘で嫌というほど理解させられた。という事で、彼には正史通り今大会で消えてもらう。
続いて、富士谷のシートノックを終えると、ベンチ前でグラウンド整備を見守った。
スタンドを見上げると、多くの人が集っているのが見える。
クラスメイトの昴や苗場、孝太さんに思いを寄せている女子バスケ部の主将、真中先生や谷繁先生といった教師陣。
一際目立つ肩幅の広い男は、中学時代の恩師・与田先生だろうか。
その一人一人に、恵はいちいち絡んでいた。
琴穂は持ち場を離れず、こちらに向かって手を振っている。
俺は少しだけ笑うと、小さく手を振り返した。
「かーずやー!!」
そんな中、セーラー服を着た黒髪ロングの少女が、大きな声で叫んでいた。
和也……渡辺の事か。その隣にいる金髪の女性は、何処と無く渡辺に似ているような気がする。
「あれ誰?」
「姉ちゃんと……まあ、彼女的な」
渡辺はそう言って、控え目に手を振り返した。
黒髪のほうが噂の彼女か。第一印象だと、ちょっと御転婆な雰囲気を感じる。
姉のほうは穏やかで優しそうだ。隣に座っているあたり、既に家族公認なのだろう。
「お、姫ちゃんと希美さんじゃん! うぇ~い!」
続けて、鈴木も手を振り返した。
渡辺の彼女は「げぇ、鈴木!」と嫌そうに声を漏らす。
その様子に、渡辺の姉――希美さんも苦笑いだった。
そんなやり取りに気付いたのか、恵は二人の元へ向かうと、何やら絡み始めた。
コイツの行動力も半端じゃない。冗談抜きで友達1000人作りそうな勢いがある。
「ベンチ前!!」
そんな中、主審がそう叫んだ。
孝太さんを先頭に選手達が並ぶ。集合の合図と共に、ホームまで駆けていった。
予定通り14時30分、都大二高との準々決勝が幕を開ける事となった。
割りとどうでも良い事ですが、ベンチの割り振りを盛大に間違えていました。
東京高野連の基準に則るなら、神宮三試合目=ヤグラの右上のブロックは、四隅のシードである都大二高は準決勝まで常に一塁側、八隅のシードである都大三高は準々決勝まで三塁側となる筈でした。
それがこの物語では逆になってしまいました。(富士谷は5回戦で三塁側、準々決勝で一塁側になっている)
この先の書き留めも含め、今から全て訂正すると結構な手間になるので、今大会はこのままいかせてもらいます。
次から気を付けます……。