120.日の丸を背負った男達の決戦
富士谷000 000 00=0
都大三000 000 10=1
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津
影が増えてきた明治神宮野球場には、吹奏楽部が奏でる「紅」の音色が響いていた。
『3番 ショート 津上くん。背番号 6』
9回表、一死一塁。
あとアウト2つで敗北という場面で、世界を経験した津上勇人の打席を迎える。
もう出せるサインは無くなった。小技や足には期待せず、津上のバッティングを信じるしかない。
「しゃっす」
「残念だったな。こっち来てりゃ春夏連覇できたのに」
「別に。富士谷にしたお陰で1年の夏から出れましたし、皆さんと違って彼女ともヤリまくりなんで」
「あっそ」
津上は木更津と言葉を交わしてからバットを構える。
三高の選手の多くは元U-15日本代表。お互いに腹の内を知っているという部分で、やり辛さがあるに違いない。
「(……後アウト2つ、三振2つ取るだけで夏の甲子園に立てるんや。ホンマにここまで長かったで)」
マウンドには165キロ右腕の宇治原繁。
リードは僅かに1点という事もあり、その表情は少しだけ強張っているようにも見える。
この辺りは所詮高校生というべきか。木更津や木田とは違い、人間味のある一面が窺える。
「(固くなってんな。ボールになってもいいから気持ちよく放らすか)」
「(外のストレートやな、それは得意や)」
「(木更津さんの読みはガチだけど、かと言って適当に振ってもしょうがないな。ストレート狙おっと)」
バッテリーのサイン交換は一瞬で終わった。
一球目、宇治原が放った球は――外角高めのストレート。津上はバットを振り切るも、打球は一塁側スタンドに飛んでいった。
「ファール!!」
判定は当然ながらファール。球速は161キロと表示されている。
少し振り遅れた感じも否めない……が、津上は160キロ超のストレートを当ててきた。
「(いきなりストレートか。逆突かれると思ったけど)」
「(昔の俺なら打者の心理ばっかり読んで、変化球を要求してカウント悪くしてたかもな。けど今は違う、投手の内情にも気を使ってるし、だからこそ最適解を導き出せる)」
木更津は再び外に構えている。
今度は外スラか、それとも再びストレートか。いずれにせよ、宇治原の外は引っ張れないので、流し打ちが求められる場面だ。
「(外スラやね。外してもええって考えると多少は楽やわ)」
二球目、宇治原はセットから腕を振り下ろしていく。
放たれた球は――外の高速スライダー。津上はバットを出し掛けると、ギリッギリでスイングする腕を止めた。
「スイング!」
判定に従順な木更津が、珍しくスイング判定を求めている。
果たして、一塁審の判定は――。
「おお~!!」
「よく止めた!」
一塁審は両手を横に広げ、三塁側スタンドからは安堵の息が漏れた。
「(スライダーえっぐ。高校生の投げる球じゃねー)」
148キロの高速スライダーを見て、津上は少しだけ苦笑いを溢している。
普通の高校生ならストレートですら出せない数字。それを変化球で叩き出すのだから、いかに宇治原が異常な投手かが良く分かる。
「(次はインコースのストレートな。外の後だし多少は中に入っても良いし高低も適当でいい。それでもお前のストレートなら打てねぇよ)」
三球目、木更津は内角真ん中あたりに構えてきた。
外を続けた後のインコース。これは思っている以上に近く感じるに違いない。
「(先生の大好きな対角線やね。当てたらすまんやで……!)」
宇治原は豪快に腕を振り下ろしていく。
放たれた球は――内角やや中寄りのストレート。津上はバットを振り抜くが――。
「ファール!!」
これはバックネット裏に飛んでファールになった。
球速表示は162キロ。相変わらず恐ろしく速い。
さて、これで追い込まれた訳だが……津上はここから少し粘った。
四球目の縦スラはワンバンしてボール。五球目、六球目のストレートは、何れもカットしてファールになった。
そして――。
「ボール!!」
「おお〜!!」
「宇治原もえぐいけど、見極める津上も半端ねぇ!」
七球目、149キロの高速スライダーは、外に外れてボールになった。
流石は世代最強内野手と言うべきか。宇治原の異次元なボールにも対応できている。
「(……対角線は散々使ったし外角低めで決めるか。多少のズレは俺が何とかする)」
そして迎えた八球目、木更津は外角低めに構えてきた。
泣いても笑っても次がラストボール。ファールにならない限り結果が決まる。
「(宇治原さんだしフルカンならストレート択一。コースは内角にきそうだけど、決め付けずにストレートに絞る……!)」
「(三振で決めるで。最強のチームが都立に3度も負ける訳にはいかんのや……!)」
テイクバックを取る津上、投球モーションに入る宇治原。
やがて宇治原は腕を振り下ろすと――白球は外角低め、かなり際どいゾーンに吸い込まれていった。
「(手が出ないけど……これは外れる!)」
津上はバットを止めて見送っていく。
一方、木更津は鮮やかなフレーミングで、あたかも余裕のストライクに見せかけてきた。
球速表示は圧巻の164キロ。
プロなら間違いなくボールだが、高校野球ならどっちとも取れそうなコースに決まっている。
執念のフォアボールか、或いは無念の見逃し三振か。
果たして球審の判定は――。
「ットライーク! バッターアウト!!」
その瞬間――歓声が上がったにも関わらず、三塁側ベンチは静寂に包まれた気がした。
富士谷000 000 00=0
都大三000 000 10=1
【富】柏原―近藤、駒崎
【都】堂前、宇治原―木更津