115.逆行するよっ
富士谷000 000 0=0
都大三000 000 1=1
【富】柏原―近藤
【都】堂前、宇治原―木更津
「よーしよしよし、よくやった!」
「柏原お前もう円陣はいいから休んどけ」
7回裏、ピンチを凌いでベンチに戻ると、指導者達からも手厚く歓迎された。
あの都大三高を相手に7回1失点。他校の打たれっぷりを考えたら、十分すぎる程に健闘しているだろう。
「ふぅ……」
「かっしー、ないぴっちだったよっ!」
俺は溜息を吐きながら、琴穂の隣に腰を下ろした。
ニコニコしながら労う姿も最高に可愛いな。隣にいるだけでも最高に癒される。
と、そう思ったのだが――。
「え?? かっしー??」
呼び方に違和感を感じて、つい目を見合わせてしまった。
あれ……ついさっきまで竜也だったよな? もしかして俺、6月からずっと幻聴を聞いてました??
「……2点差になると柏原くんになります」
「引き算の発破やめろ」
点差が開く毎に関係が後退するという事か。
2失点で中学時代の「柏原くん」まで戻ると考えると怖すぎる。3年間で築き上げた関係が全てパーだ。
「だから追い付くまで私も補給できないよっ」
「琴穂おまえ……同点になったら覚えとけよ……」
「きゃーっ。試合中に何されちゃうんだろっ」
琴穂は悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺を煽っている。
その姿も半端なく可愛い……じゃなくて、これ以上は絶対に失点できないな。
もう一つ、早急に逆転しなくては。下位打線だからとか言い訳している場合じゃない。
「ットライーク、バッターアウト!」
しかし――そんな想いとは裏腹に、先頭の中橋は見逃し三振に打ち取られてしまった。
最後は159キロのストレート。高校野球としては異次元のスピードレンジに、全く為す術なしと言った感じだ。
この豪腕を打たない限り、俺達に明日はない訳だが……全くと言っていいほど攻略の糸口が見つからない。
ストレートは最速165キロ、変化球もキレキレ、制球は球速相応にアバウトだが、途中登板でスタミナにも余裕がある。
果たして、この投手に高校生で付け入れられる隙なんてあるのだろうか――。
「ットライーク、バッターアウト!!」
「おおー!!」
「前の回から三者連続!」
続く打者、代打の駒崎も縦スライダーで空振り三振。
苦渋の決断で捕手を代えたが効果なし。鈴木、中橋、駒崎が三振となると、いよいよ焦りが隠せなくなってくる。
彼らは上位打線と遜色ない打者。世代No.1クラスの津上は兎も角、野本や渡辺だと同じ結果になりかねない。
くそ……何としてでも9回表までに突破口を見出さなくては。
宇治原に無い物は制球力と緩急。ただ、そんな物は不要なくらい兎に角スピードレンジが高い。
昨秋はストレート狙いが功を成したが、今回は期待しない方が良いだろう。
となるとそれ以外か。
そういえば、物理的には速い球の方が、反発力があり飛び易いと聞いた事がある。
あと物理で思い出したが、例え転生や上振れでも物理法則は無視しない。極論になるが、人体の構造的に不可能な球は投げられない……と。
……ダメだな。全く突破口が見つからない。
当たれば飛ぶって言うけど、そもそも芯に当たらないし、高校生じゃ普通に力負けしそうだ。
球速に関しては165キロが頭打ちなんだろうけど、どうやってこの球を打たせれば良いのか……。
「ットライーク、バッターアウト!!」
「わあああああああああああああ!!」
「四者連続きたー!!」
京田は158キロのストレートを見逃し三振。
この回は1球も160キロを超えなかった。途中登板で余力がある癖に、下位打線だからって手を抜いているな。
どうせ最終回は全力投球だ。力配分には期待しない方が良いだろう。
と、そんな事を考えながら、俺は8回裏のマウンドに向かっていった。
富士谷000 000 00=0
都大三000 000 1=1
【富】柏原―近藤
【都】堂前、宇治原―木更津