55.下心には敵わない
準々決勝前日、練習後の溜まり場では、孝太さんがアンドロイドを眺めていた。
「好きですね、それ」
「ああ。やっぱ人からの評価は気になるからね」
問い掛ける俺に、孝太さんはそう答えた。
確かに、今の富士谷が――そして自分が、ネットでどれくらいの評価を得ているか、気になるところではある。
そう思って画面を覗いてみると、スレッドタイトルが『東山大学菅尾高校part3』だったので、
「いや、それはおかしい」
と、思わず突っ込んでしまった。
「え、なにが?」
「いや、そこは西東京か都大三高のスレ見ましょうよ……」
「えー、だって俺の話題が一番出てくるのはここだし」
本当に承認欲求強いなこの人。
俺は仕方がなく、東山大菅尾のスレッドを見る事にした。
118:名無しのおじさん
『おい、金城が投げてるんだが??』
内容から察するに試合中の書き込みか。
119:名無しのおじさん
『三高スレからだけど、スカウトのガンで146キロ出たってよ』
そんなに出てたのか。投手は続けられそうにないのが本当に悔やまれる。
120:名無しのおじさん
『まさか甲子園行きのラストピースが金城だったとは……』
正史では孝太さん無しでも甲子園に行ったけどな。
121:名無しのおじさん
『鵜飼で十分だよ。これくらい余裕で投げれる』
この人いつも名前見かけるな。
122:名無しのおじさん
『鵜飼勉強しろ』
一般入試前提かよ。
123:名無しのおじさん
『その鵜飼でも役に立った現実を受け入れろ。金城戸倉鵜飼、コイツらがスタメンにいれば勝ってたんだよ』
しかし……凄まじい掌返しだな。
試合前は三バカ呼ばわりされてたのに、今や孝太さん達は英雄扱いだ。
「満足しました?」
「うん。じゃ、西東京のほうも見てみようか」
孝太さんは満足げな表情で、手際よくスレッドを切り替える。
程よい早さでスクロールすると、富士谷の文字が見えた辺りで手を止めた。
542:名無しのおじさん
『今年の1年は逸材が多い。三高の木田と亀高の勝吉、それから富士谷の柏原はドラフト上位確実だわ』
さっそく俺の名前だ。褒められて悪い気はしないな。
543:名無しのおじさん
『富士谷JAPANはヤバイね。優勝ある』
評価が高いのは光栄だけど、そのクソみたいな愛称はやめてくれ。
544:名無しのおじさん
『俺も富士谷推し。柏原は初見じゃ打てないだろうし、復活した金城もプロ注クラス。なによりマネが可愛いからまた見たい』
一番の注目ポイントそこなの??
545:名無しのおじさん
『マネ詳しく』
546:名無しのおじさん
『画像は?』
エロ親父共が集まってきた。
547:名無しのおじさん
『スタンドの二人なら見た。どっちも可愛いけど、おじさんはおっぱいが大きい方が好きだなぁ』
548:名無しのおじさん
「わかる。上から下までどこ見ても息子に響くよな。ぶっちゃけ抜いた」
コイツら分かってないな。微塵もセンスを感じないわ。
549:名無しのおじさん
『俺は小さい子のほうが好き。あれは可愛すぎる』
ようやく"識者"が現れた。コイツは見る目がある。
550:名無しのおじさん
『いくらマネが可愛くてもなあ。富士谷ってチアはないんでしょ?』
そろそろ女の話から離れろよ。
551:名無しのおじさん
『お前も見ればわかる。あの可愛くてエロいマネを拝めるならチアなんていらないわ』
ここ西東京の高校野球を語るスレだよな??
552:名無しのおじさん
『ま、その美少女マネとやらも明日で見納めだな。横山擁する二高には絶対勝てないから』
553:名無しのおじさん
『横山ねぇ……アクシデントで降板したみたいだけど投げれんの?』
554:名無しのおじさん
『足つっただけだし余裕。打線も超強力だからコールドで終わるわ』
555:名無しのおじさん
『今年は都立の年だから。頼むから私学は空気読んでくれ』
556:名無しのおじさん
『ねえ画像は??』
ようやく野球の話に戻ったな。
反応から察するに、まだ都大二高が優勢だと思われているのだろうか。
「わかってないですね」
「うん、全くだよ」
俺は呆れ気味に言うと、孝太さんは頷いた。
次の試合、絶対的なエースである横山さんは投げられない。
そして、自慢の打線も暴走連発で拙攻、守備も精彩を欠いて自滅するのを俺は知っている。
そんな事を思いながら口元を歪めると、
「琴穂のほうが可愛いのに……」
「そっちかよ」
孝太さんがそう言うものだから、思わずタメ口が出てしまった。
「恵ちゃんもいい子だと思うけどね。けど、やっぱ一番は琴穂だよ」
「そうですか……」
いや同意ではあるんだけど、日に日にシスコンを隠さなくなってきたな。
「竜也」
「はいなんでしょう」
「竜也は俺のシスコンに引いてるみたいだけど、これだけは言わせて欲しいんだ」
自覚はあるんだな、という思いを余所に、孝太さんは言葉を続ける。
「もし琴穂が竜也の妹だったとしても、竜也は愛さずにいられるのか……?」
孝太さんはそう言い放つと、俺は言葉に詰まってしまった。
琴穂が妹だったら……うん、控え目に言っても最高だ。
何でも言うこと聞いちゃうし、毎日ベタベタしちゃうまである。
「すいません、自分が間違っていました……」
「うん、わかってくれるならいいんだよ」
謝る俺を見て、孝太さんは満足げに頷いた。
もし、完璧な論破というものが存在するのなら、この事を言うのだろう。
そんな事を思いながら、俺達は都大二高との決戦に備えた。
【蛇足】西東京大会5回戦 結果
▼都大亀ヶ丘8―1明神大附(7回コールド)
1回表から都大亀ヶ丘の打線が爆発。5点を先制すると、その後も点を積み重ねて計8得点となった。
明神大附は5回裏、4番の松尾(3年)がソロアーチを放つも反撃はここまで。
勝吉(1年)から小高(3年)の継投で逃げ切った都大亀ヶ丘が7回コールドで勝利した。
▼都立昭成3x―2名星
昭成の小柄なエース・中道(3年)と名星の背番号10・西方(2年)による投手戦。
名星の1点リードで9回裏を迎えるも、一死から四球と三塁打で同点となる。
ここで名星は背番号1の諸星(3年)を投入したが、痛恨のワイルドピッチで三塁走者が生還。昭成が逆転サヨナラ勝ちを果たした。
▼明神大仲野八玉8―3多磨大聖ヶ崎
1回表、多磨大聖ヶ崎は四死球と守備のミスでノーヒットながら2点を先制。
守っては左腕の熊田(3年)が4回裏まで無失点で抑えるも、5回裏に明大八玉の強力打線が爆発。
投打の要である坪井(3年)のスリーランなど計8得点を重ねると、坪井から後田(1年)の継投で9回3失点に纏めた。
▼佼呈学園4―2専秀大附
佼呈学園の梅田(3年)と専秀大附の出口(3年)による投手戦。
6回裏、専秀大附は3番・熱田のツーランで先制するも、9回表に集中打が出て佼呈学園が逆転に成功。
強めの雨が降りしきる中、裏の攻撃は梅田が三者凡退に抑えて試合を決めた。
▼都立富士谷4―3都大三高(8回雨天コールド)
1回裏、富士谷は連続四死球などで無死満塁の好機を作ると、柏原(1年)の満塁弾で4点を先制。
投げては金城(3年)から柏原へのリレーで、都大三高の強力打線を8回まで3失点で抑えた。
9回表、都大三高は木田(1年)が逆転打を放つも、9回裏に雨天中断。そのまま雨天コールドが成立し、富士谷が雨空の決戦を制した。
▼都大二高10x―3早田実業(7回コールド)
序盤から都大二高のペースで試合が進んだ。
4回表、一死を取った所でエースの横山(3年)がアクシデントにより降板するも、後続の折坂(1年)と大野(2年)が粘りの投球を披露。
打線も序盤から点を積み重ねると、7回裏には集中打が出て一挙5点。7回コールドが成立し、都大二高が名門校を下した。
▼創唖4―1都立大平
1回裏、大平の先発・福井(2年)を創唖の上位打線が捉える。
2回以降は投手戦となるも、左の好投手・古川(3年)の前に、大平は1点を返すので精一杯。
最終回は畑森(1年)が締めて、創唖が準々決勝に駒を進めた。
▼都立比野5―2国秀院久山
序盤から比野が試合のペースを掴むと、投げては池田(3年)が反撃の隙を与えない。
国秀院久山は大海(1年)と江川(2年)がソロアーチを放つも、取り返せたのはこの2点のみ。
連打を許さなかった比野が序盤のリードを守りきった。