112.天才の全力
富士谷000 000 0=0
都大三000 000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前、宇治原―木更津
「フェア!!」
宇治原の放った弱いフライは、中橋の前にポトリと落ちた。
レフト線へのポテンヒット。落下を確認すると同時に、二塁走者の木田はハーフウェイからスタートを切っている。
決して捉えたとは言い難いが……長いリーチを活かした宇治原ならではのヒット。
これは負けを認めざるを得ない。もっと低めに投げ切れなかった、或はスプリットを選んだ俺の責任だ。
ただ不幸中の幸い、ランナーは怠慢走塁の木田である。
彼ならホームを狙わないし、この一打で試合が動く事はないだろう。
そう思った次の瞬間――。
「ストッ……あっ、バカ!!」
「(背に腹は代えられないからね。僕の全力疾走、特別に魅せてあげる♪)」
両手を広げる三塁コーチャーを無視して、木田は迷わず三塁を蹴っていった。
それも普段は絶対に見せない全力疾走。予想外の展開に、スタンドからも大歓声が沸き上がっている。
「うっそだろ!?」
「木田の本気クソはええ!」
「けど流石に暴走だろ!」
「(余裕で刺せる……!)」
スタンドがザワつく中、中橋はダイレクトでバックホームを披露する。
彼は投手兼任なだけあって肩は強い。それに大半の走者なら三塁で止まる場面だ。
際どい打球でスタートが遅れたので、ホーム突入は無謀な判断としか思えない。
「ノー!」
近藤はノーカットの指示を出すと、中継の京田は白球をスルーした。
送球コースは完璧。木田の全力疾走は凄まじく速いが、やはりタイミングは此方がギリギリで勝っている。
あとはタッチ出来るかどうか。
近藤は白球を捕えると、鮮やかな動きで木田を触りにいく。
その瞬間――木田はタッチを躱すように滑り込んでいった。
まるで7回表のリプレイのようなクロスプレー。
あの時と同じように、ホーム付近には赤土の砂塵が舞っている。
「アウト!!」
「セーフだよ」
ミットで木田を触る近藤、左手だけでホームベースを触る木田。
果たして球審の判定は――。
「セーフ!!」
「わあああああああああああああああああああ!!」
セーフが宣告されると、一塁側スタンドからは大歓声が沸き上がった。
それと同時に、富士谷のナインから活気が消えていく。
試合終盤、それも日本人最速右腕が投げている中で、先制点を取られた絶望感は計り知れない。
「あーあ、僕の綺麗なユニフォームが汚れちゃった! けど天才と裏切り者の違いは魅せつけられたかな? あはははははははははは!!」
木田は叫びながら津上を嘲笑っている。
ホームに帰れなかった2年生最強内野手。ホームに生還した3年生最強内野手。
たった1年、けど大きな1年の重みを、木田哲人は見せつけてきた。
「……あんな煽りは気にするなよ。お前はよくやってるからな」
「うっす」
取り敢えず津上に声を掛けたが――その表情に余裕はない。
いや、それは俺も同じか。苦し紛れに津上を励ましたけど、一番余裕がないのは自分自身だった。
くそ……こんな形で先制点を許すなんて。
確かに投球は単調になっていた。チャンスを逃した直後で嫌な流れもあった。
それでも……自信がある球だっただけに、底知れぬ悔しさが込み上げてくる。
「(あと2回で点取れるかな……)」
「(この1点重すぎっしょ〜)」
内野陣も不安げな表情を浮かべている。
それもその筈、残す攻撃は後2回。それも8回は7番から始まる消化イニングである。
その中で、宇治原を攻略すると考えると、あまりにも時間が無さすぎるのだ。
もう一つ、最低でも2人は出塁しないと俺には回らない。
此方としても他力本願。ここから先は仲間を信じるしかなかった。
「(さーて、一気に畳み掛けるかぁ)」
尚も一死一塁、ここで迎える打者はパワーヒッターの大島。
これ以上の失点は絶対に避けたい。そう思いながら投じた初球――。
「わあああああああああああああああ!
「ええええええ!?」
「打球の強さ限界突破してんだろ……」
大島はフルスイングで引っ張ると、閃光のような打球が京田のグラブをふっ飛ばした。
常識を逸脱したサード強襲安打。すっぽ抜けたグラブは数メートルほど飛んでいる。
レフト方向の単打で助かったが……悪い流れが止まらない。
取り敢えず守備のタイムを取ろう。これ以上の失点は致命傷になる。
「お!?」
「何だ何だ!?」
と、そんな事を思っていると、スタンドがザワザワと騒がしくなっていた。
俺はサード方向に視線を向ける。するとそこでは、グラブを拾い上げた京田が固まっていた。
ったく、早くボールを内野に返せよな。津上か俺に投げれば一瞬だろ。
そう思いながら睨み付けると、京田は恐る恐る振り返ってきた。
「やべぇ……ボールが抜けねぇ!」
「はぁ!?」
富士谷000 000 0=0
都大三000 000 1=1
【富】柏原―近藤
【都】堂前、宇治原―木更津