109.もう一人の女房役
富士谷000 000 0=0
都大三000 000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前、宇治原―木更津
7回表、二死一二塁。
鈴木が空振り三振した瞬間、富士谷ベンチは呆気に取られていた。
「ひゃ……ひゃくろくじゅうごきろだとぉ!?」
「いよいよ人間辞めそうな勢いだね……」
「こんなんどうやって打つんだよ」
165キロという数字への驚愕と絶望。
無理もない。この時代の日本人最速記録はプロを含めても161キロだ。
10年後には165キロまで更新されるけど、その数字のインパクトは計り知れない。
くそ……考えが甘すぎたな。
ノーコンの宇治原ならチャンスあると思ったが――ここまで凄いとボール球の見極めすら難しい。
しかも体力はほぼ満タン。暫くは球威の低下も見込めないだろう。
「柏原さん、グラブっす」
「おう」
俺は一塁上で立ち尽くしていると、駒崎からグラブとコップを差し出された。
ヘルメットと交換するようにグラブを受け取る。すると駒崎は、何か言いたげに視線を合わせてきた。
「どうした?」
「……柏原さんも負けてないっすよ。1年半受けた自分が言うんだから間違いないっす」
駒崎は真剣な表情で言葉を溢す。
彼も併用でバッテリーを組んで来た捕手だ。最近は近藤と組む事が多いけど、もう一人の女房役なりに力になりたかったのだろうか。
「ああ、気使わなくていいぞ。別に落ち込んじゃいねぇよ。それに――」
「それに?」
俺はそこまで言葉を並べると、コップに入ったスポドリを一気飲みする。
そして――。
「負けたと思った事は一度もねぇ。俺の方が勝ってるから」
そう言いながら空のコップを押し付けた。
宇治原は確かに凄いけど、完成度では俺に分があると思っている。
だから彼が隙を見せるまで俺が抑える。それで何ら問題もない。
「めちゃ自信満々っすね」
「ああ。てか完成度くらいでは勝たねーとな。上じゃ絶対に勝てないから」
「そこは諦めてるんですね……」
「まぁ無理だろ。だからこそ高校では負けたくねーけどな」
「っすね。今の内に土付けてやりましょ」
宇治原は間違いなく世界で活躍する選手だ。
正史ですらそうだったし、上振れした今回は更に活躍するに違いない。
そこに関しては諦めている。持っている才能があまりにも違い過ぎるのだ。
だからこそ、高校という舞台では俺が勝つ。
そんな思いを胸に、7回裏のマウンドに上がった。
富士谷000 000 0=0
都大三000 000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前、宇治原―木更津