108.真打ちは遅れてやってくる
富士谷000 000=0
都大三000 000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
7回表、二死一二塁。
堂前に交代が告げられた所で、木更津健人はマウンドに向かっていた。
「悪い、少し高かった」
「いや……俺も定石と決め球に頼り過ぎた。もっと上手くやりゃ抑えられる打席だったわ」
堂前とそんな言葉を交わしていく。
絶対的な制球がありながら3連打。少し荒れていたとはいえ、これはリードしていた俺の失態だ。
もっと丁寧に、そして的確に柏原の裏を突いていれば……と、そんな後悔が頭を過ぎってしまう。
しかし、今更後悔してももう遅い。
結果無失点には抑えられたけど、大倉監督からは無情にも投手交代が告げられた。
堂前の打力は外野に回す程の価値は無いので、彼はここで退場する事となる。
「……もう少し投げたかったな」
「ああ。俺ももう少し受けたかった」
「先生は俺の評価高いよなぁ」
「んな事ねぇって。お前は日本一のピッチャーだよ」
「周りの化け物を見てるとそうは思えないんだけど……」
「そーいうもんよ。今日も無失点だしな。胸張ってベンチ帰れよ」
俺は最後にそう告げると、堂前の背中を軽く叩いた。
何時までも話しても仕方がない。もう少し堂前を引っ張りたかったが、後はレフトに左遷されたアイツで何とかしよう。
試合はまだ続いてる。そして、高校野球も今日で終わりではないのだ。
「……そんな残念そうな顔すんなや。黄金のバッテリーの復活やで〜?」
さて……堂前と入れ替わるように登場したのは、滋賀のノーコン王子こと宇治原滋である。
結局、再び彼を頼る事になってしまった。とは言っても、出番が来るのは想定内だったので、準々決勝から先は隠していたのだけれど。
「ああクソ残念だわ。なんせ精密機械からクソノーコンだからな」
「先生、絶対に俺のこと嫌いやろ……。俺にも飴くれてええんちゃう」
「あ? まぁ抑えたら考えてやる」
「はぁー、どーまえくんと扱い違い過ぎて嫌なるわ〜」
「アイツは褒めて伸びるタイプだからな。お前は崖から突き落として伸びるタイプ」
「俺はライオンちゃうわ!」
宇治原は久々の登板だからか、少し上機嫌な様子だった。
まぁ……もともと陽気なエセ関西人だし、不機嫌な所を見たことない気もするが。
「茶番はこれくらいにして軽く打ち合わせるぞ」
「せやな」
「いいか、お前に高低のコントロールは全く期待してねぇ。とりあえずピンチでは内外二分割だけ間違えないように全力でブン投げろ」
「ギネス記録出す勢いで投げろっちゅー事やな」
「ああ。逆にランナー居ない時は抜いとけ。お前は体力的には問題ないだろうけど……な」
「そら分かっとるわ。天才くん風に言うと世界の損失になるで」
「じゃ、そういう事で。頼むぜ史上最速のクソノーコン」
「ノーコンは余計じゃい!」
打ち合わせを済ませると、俺は宇治原のケツを叩いた。
予定より少し早い投手交代。個人的には残念だと思うけど、ここは勝利の為に受け入れよう。
正直、俺はコイツが好きじゃない。
勿論それは人としてではなく、あくまで選手としての話だ。
理由は――語るまでもないな。鈴木の打席を見れば理解して頂けるだろう。
『只今のバッターは 6番 鈴木くん』
やがて投球練習が終わると、見るからにチャラそうな鈴木が右打席に入った。
俺は素早くストレートのサインを出していく。この脳筋ノーコンに細かいサインは無意味なので、配球を考えるのに時間を要さない。
「(秋と同じストレート狙いでいいっしょ〜)」
鈴木の狙いは恐らくストレート。
これは以前チームぐるみで徹底してきたので、この夏も使ってくると想定していた。
狙いを読む俺を逆手に取り、変化球を投げさせて自滅を待つ。
ただ、残念ながらこの方法はもう通用しない。
「(ほなウォーミングアップがてら魅せたるで〜)」
一球目、宇治原は鋭く腕を振り下ろしていく。
白球は真ん中高めに吸い込まれていくと――鈴木は振り遅れながらバットを出してきた。
「ットライーク!!」
「はええええええええええ!!」
「いきなり161 キロきたー!!」
161キロのストレートは空振ってストライク。
公式戦では自己最速タイの数字に、スタンドは大いに沸いている。
「(内外は分けろやボケ)」
「(返球強すぎやて。どーまえくんにはソレやらんやろ)」
取り敢えず、真ん中に投げたノーコン野郎には強めに返球しておいた。
一方、鈴木は少しばかり呆気に取られている。
無理もない。高校野球において160キロは異次元の数字だ。
いや――NPBを含めても、そう簡単にはお目に掛かれる数字ではないだろう。
「ットライーク、ツー!」
「変化もキレキレ!」
「噂の163キロ見せてくれー!」
二球目、149キロの縦スラは空振りしてストライク。
ストレートが速過ぎるが故に、出しかけたバットが止められずにいるな。
プラスしてキレと球速も申し分ないで、適当に投げても空振りが取れてしまう。
「(ストレートも変化球もヤバ過ぎでしょ。もうヤケクソでストレートに合わせっかぁ」
恐らく悩んだ果ての狙いはストレート。
それでも、俺は思考停止でストレートを要求していく。
宇治原はこれでいい。深く考えるよりも、気持ちよく投げさせる事だけを優先すれば報われる。
「(さっきよりも力入れるで〜。先生ちゃんと捕ってや〜)」
そして迎えた三球目、宇治原はセットポジションから腕を振り下ろしていった。
放たれた球は――高めに浮いたストレート。鈴木はバットを鋭く振り抜くも、白球は俺のミットに収まっていった。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「(いや〜……これ無理ゲーっしょ)」
結果は空振り三振。
ただ、この一球には、三振以上に盛り上がる要素が詰まっている。
春の時点で最速163キロの宇治原が、夏の魔力を纏って本気で投げたストレート。
俺はバックスクリーンを見上げると、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「165キロ!?!?!?」
「もうメジャーいけ!!」
「これが二番手なのどう考えても可笑しいだろ……」
自己最速、そして高校野球史上最速の165キロで空振り三振。
あっという間にピンチを凌ぐと、俺はマウンドに向かって球を放り投げた。
「余裕の空振り三振やで! 俺のこと見直したやろ!」
ベンチに戻りながら、宇治原は上機嫌に絡んでくる。
そんな彼に対して、俺はポツリと呟いてしまった。
「やっぱお前嫌いだわ。俺が暇になっちまう」
富士谷000 000 0=0
都大三000 000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前、宇治原―木更津