102.あっと言う間に……
富士谷000 000=0
都大三000 00=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
同点のまま迎えた6回裏、俺は7割の力で投球練習を開始していた。
この回の攻撃は堂前から。先頭打者は非常に重要だし、ここで代打が出る可能性は十分にある。
あとは三高の大倉監督がどう判断するかだが――。
「……そのままか」
バッターボックスの横では、堂前がバットを持ってスタンバイしていた。
代打が出る気配はない。まだ余力があるということで、堂前続投を選択したのだろう。
『6回裏 都東大学第三高校の攻撃は 9番 ピッチャー 堂前くん。背番号 1』
やがて投球練習が終わると、堂前は右打席でバットを構えた。
その様相は何処となく無気力に見える。まるで打席に入るセ・リーグの投手のように。
これは……堂前の打席を捨ててきたな。
高校野球でも極稀にある光景。打撃走塁という余計な動作を減らし、投球に集中させる魂胆だ。
「ットライーク!」
「ットライーク、ツー!」
一球目、二球目は悠々と見逃してストライク。
やはり手を出す素振りがない。ブラフの可能性もあるので、慢心せず慎重に組み立てていこう。
三球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いていく。
放った球は――枠内ギリギリに入るスプリット。白球は構えた所に吸い込まれるも、堂前は悠々と見送った。
球審の判定は――。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(……振るだけ無駄だな。これは俺には打てないや)」
球審の右腕が上がって見逃し三振。
堂前は逃げるように右打席から去っていった。
正直、今の捨て打席は助かったな。
巧打力はそこそこの堂前を楽に切れたし、実質的に一死無塁からのスタートになった。
なにより俺も波に乗れる。後半戦の先頭を三振で切れたのは大きい。
この流れでサクサク三者三振で――と行きたい所だが、三高打線も3巡目に突入する。
何せ5試合で153得点も取った打線の3巡目だ。いくら波に乗れたとはいえ、この強力打線を抑えるのは容易ではない。
「……アウト!」
「危ねええええええ!」
「惜しかった……!」
「(くそっ、飛んだ所が悪かったな)」
篠原は痛烈なセンターライナー。
連続三振していた今までとは一転、初球を綺麗に打ち返してきた。
そして――。
「アウトォ!」
「わあああああああああああああ!」
「どっちも上手かった!」
町田は三塁線へのセーフティバントを敢行し、間一髪のタイミングで京田が捌いた。
「はい俺が魅せました! 京田が魅せましたよ皆さん!!」
「これくらい捌いて当然でしょう。陽ちゃんの存在意義は守備とバントだけっすからね」
「なんとでも言えや! 今日は誰も打ってないから守った俺が偉いんだよ!」
「……」
好守でバント安打を阻止した京田が、騒ぎながら三塁側ベンチに引いていく。
またしても守備に助けられたな。タイミングも合ってきたし、此方の奪三振ショーはここまでかもしれない。
さて、これで7回表の攻撃を迎える訳だが……打順に恵まれて2番の渡辺から始まる。
下手したら中軸に回る最後の攻撃。そうならないよう、ここで何かしらの突破口を見出したい所だ。
いや――今の表現は悠長過ぎたな。
富士谷は先攻め、かつ三高には自動出塁の木田哲人がいる。
どう考えても優位なのは都大三高。ここで突破口を見出さなきゃ試合が終わる。
「(打撃担当は打てなきゃ価値ないよね。どんな形でも良いから勇人に繋げないと……!)」
「(気合とか意地で打てるとは思わねぇ。イケメン先輩の打席で何か掴むしかねーな)」
円陣を組む選手達を他所に、渡辺はバッターボックスへ、津上はネクストへ向かっていく。
富士谷の正念場――中軸に回る7回表の攻撃が今、始まろうとしていた。
富士谷000 000=0
都大三000 000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津




