101.苦肉のギアチェンジ
富士谷000 00=0
都大三000 00=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
6回表を迎えた明治神宮野球場は、相も変わらず炎天下に晒されていた。
まだ時刻は14時過ぎ。ちょうど気温もピークを迎え、日陰に居ても汗がジワジワと溢れ出てくる。
そんな過酷な条件の中、都大三高の堂前がマウンドに上がった。
「(いくらなんでも暑すぎんだろ……)」
堂前はマウンドに上がるや否や、雲一つ無い空を眩しそうに見上げている。
彼は真夏の長期戦に慣れていない。故に、この暑さが"酷使されている他校のエース"より効いてくる。
強過ぎるというのも考えものだ。実践でしか養えない感覚が欠落してしまう。
富士谷としては、この欠陥に付け入りたい所だが――堂前は8割の力で投げても、他校のエースより遥かに優秀なのが現実だ。
洞察力に優れた木更津が受ければ尚更である。隙がありそうで全く無い、それが今の都大三高バッテリーだった。
「6回表 都立富士谷高校の攻撃は 8番 キャッチャー 近藤くん。背番号 2」
6回表、富士谷の攻撃は近藤から。
夏祭りの音色が響く中、ほぼ自動アウトのゴリラが右打席に入った。
「(繊細なコントロールは汗やストレスの影響を受けやすい。まだ体力的には問題ねーと思うから、暑さが引くまで力で誤魔化すぞ)」
木更津はアウトローにミットを構える。
近藤にカット等の技術は期待できない。ただ、何かの間違いでヒットを打てるだけの力はある。
彼が出れば京田で送って上位打線。この回に得点するならこのパターンしかない。
「(了解。逸れても文句言うなよ……!)」
一球目、堂前はセットポジションから腕を振り抜いていく。
放たれた球は――外角低めの速い球。近藤はバットを振り切るも、振り遅れて盛大に空振ってしまった。
「ットライーク!」
「おおおおおおおおおお!」
「えええ!?」
その瞬間――スタンドが少しだけ沸き上がった。
俺も思わず目を丸めてしまう。ベンチに居る選手達も、衝撃のあまり言葉を失ってしまった。
なんてことはない。
最速148キロだった堂前が、ここにきて150km/hを記録したのだ。
「うわ〜、ぜんぜん余力あんじゃん」
「あの制球で150キロはエグいっすね」
選手達も困惑している。
正直、俺としても予想外だ。てっきり真夏の長期戦には慣れていないモノだと思ったが……。
「ットライーク! バッターアウト!」
結局、近藤はワンバウンドする変化球で空振り三振。
まるで当たる気配が無かった。こうなってくると、この回も得点は期待できそうにない。
「掠りもしなかったな……」
「なんか変化球のキレも増してね〜?」
「けど何でギア上げたんでしょうね。言っちゃ悪いけど安牌っすよ」
圧巻の投球に、選手達も呆気に取られている。
最速150キロにキレる変化球。それでいて制球も抜群となれば、今まで以上に攻略が難しくなる。
圧倒されるなと言う方が無理な話だろう。
「ふむ……」
ただ、堂上だけは顎に手を当てて黙々と観察していた。
何か引っ掛かる部分があったのだろうか。確かにギアを上げるタイミングは謎だったが……。
「ットライーク! バッターアウト!」
「くそーあと5ミリ!!」
「(そもそもタイミング合ってねぇよバカ)」
そんな事を考えている内に、京田も三球で空振り三振。
その後、野本も空振り三振で打ち取られ、6回表は三者三振で呆気なく終わった。
富士谷000 000=0
都大三000 00=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
日大三高の小倉監督が勇退されるそうです。お疲れ様でした……!