95.俺達の反則休憩
富士谷000=0
都大三000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
4回表、一死無塁、打者は渡辺。
吹奏楽部が奏でる「サニーデイサンデイ」の音色が流れる中、俺は三塁側のベンチに腰を掛けていた。
「ああー……」
「(あ、前に飛んじゃった。これ難しいな……)」
渡辺はカットして粘ろうとするも、三球目を軽打してサードゴロ。
深く沈むチェンジアップに対応できず、当てるだけでも精一杯といった感じだ。
くそ……あまりにも攻撃が淡泊過ぎる。
こうなってくると回復が追い付かない。堂前は長期戦に慣れていないとはいえ、此方の方が早く消耗するのは明白だろう。
ただ、これに関しても無策という訳ではない。
実のところ、今日の神宮に立てる計40人の選手の中で、俺にだけ許された禁断の癒しが存在する。
このカードさえ切れば、精神的な疲労は少なからず軽減されるに違いない。
まだ試合は序盤だが……終盤までイーブンを守り切る為にも、ここは少しだけ解禁するしかない。
という事で、俺はベンチの端まで移動する。そして記録員席の横に腰を掛けると――。
「今日も琴穂は最高に可愛いな」
「えっ……」
俺の天使こと琴穂の顔を優しく見つめた。
何を言おう、俺だけは最愛の人がベンチに居るので、その恩恵を授かる事が出来るのだ。
「きゅ、急にどーしたのっ?」
琴穂はキョトンとした表情を浮かべている。
その顔も恐ろしく可愛い。見ているだけで最高に癒やされるな。
「いや、ちょっと疲れたから癒やしをだな……」
「早くないっ!? まだ3回だよっ!」
「それだけ三高打線はえげつないんだって」
「そっかぁ。まあ私にできる事ならなんでもっ……」
琴穂はそこまで言い掛けると、ハッとした表情で口を塞いだ。
これはフリだろうか。別に試合中にまで体を求めたりはしないけど、ボケた方がいいなら乗ってあげて――。
「なんでも?」
「じょ、常識の範囲でねっ!」
「ほう。例えばどんくらい?」
「まあパンツまでなら何とか……」
「常識とは????」
と、王道の返しをしてみたら、斜め上の返事が返ってきた。
琴穂も暑さでおかしくなってるな。俺の天使は普段そんな破廉恥な子じゃない。
「それは遠慮しとく。いやほら……投げ辛くなっちゃうから……物理的に」
「男性ホルモンたくさん出したほうが闘争心に火がつくかもよっ」
「そんな知識どこで得たんだ」
「めぐみんが言ってた!」
「アイツ……」
そんな言葉を交わすと、俺は思わず顔を歪めてしまった。
全く、人の恋人に余計な知識を与えるなよな。邪悪にも程があるだろ。
……と、こんな下らない日常も、今日負けたら終わるかもしれない。
絶対に負ける訳にはいかないな。気合を入れ直してマウンドに向かおう。
「ットライーク! バッターアウト!」
「……よし、行ってくる」
「がんばっ!」
津上が空振り三振すると同時に、俺はグラブを持って立ち上がった。
一応、彼は堂前に七球も投じさせている。そのお陰かは分からないけど、少しだけ肩が軽くなった気がした。
富士谷000 0=0
都大三000=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津