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92.繋ぎの5番

富士谷00=0

都大三0=0

【富】柏原―近藤

【都】堂前―木更津

 2回裏、無死一塁。

 両チーム初の走者が出塁した所で、最速163キロ右腕・宇治原の打席を迎えた。


「(天才くんは流石やなぁ。ほなサクッと先制させて貰うで〜)」


 宇治原は右打席でバットを構える。

 応援曲はパラダイス銀河。伝統の長い高校は、応援曲の選曲が古い気がする。

 まぁ……この時代では比較的新しい「さくらんぼ」も、10年後では選手が生まれる前の曲なので、あまり関係ないのかもしれないけれど。


 と、応援の話は置いといて、地味に不気味なのが5番に抜擢された宇治原だ。

 本来なら6番を打っている選手。木更津の3番抜擢に隠れていたが、彼も密かに打順を上げていた。


 正直、この打順変更の意図がイマイチ読めない。

 宇治原は大島と同じパワータイプの右打者。足が速い訳でもなく、過去の結果から見ても俺との相性が良い訳でもない。

 左打者で足も速い雨宮を「木田敬遠後の併殺対策」として5番に置くなら理解できるが、大島と宇治原の入れ替えは不可解だった。


「(どうする? 慎重に入るか?)」


 近藤の要求はボールになる高速スライダー。

 枠内から枠外に逃げる球で、相手の出方を見る算段だ。


 一球目、俺はセットポジションの構えに入る。

 やがて左足を上げると、その瞬間――。


「(ボスの命令やししゃーない。中軸で一番打率低い俺が捨て石になるで)」


 宇治原は唐突にバットを寝かせてきた。

 意表を突いた送りバント。白球は枠外に逃げていくも、宇治原は長い腕を伸ばしてバットに当てていく。


「おおお!」

「意外と上手い!」


 コツンと当てた打球は、一塁線に転がっていった。

 どう見ても切れそうにはない当たり。俺は慌てて拾いに行くと、素早い動きで一塁に送球する。

 果たして、一塁審の判定は――。


「アウト!」

「あぶねええええ!」

「宇治原がもう少し速ければなぁ」


 何とか一塁は間に合い、投手への送りバントが成立した。

 木田自動出塁を見越した上でのバント要員。町田だとヒッティング時の迫力に欠けるので、腕が長くパンチ力もある宇治原が採用されたのだろう。


 今までコールド連発だった割には、慎重かつ手堅過ぎる打順と戦略だ。

 それだけ、都大三高も今日の1点は「重い」と捉えているに違いない。


『6番 ファースト 大島くん。背番号 3』


 一死二塁、ここで迎える打者は本来なら5番の大島。

 182cm96kgの大柄なパワーヒッターが右打席に入った。


「(初回からスプリット使ってたし、俺にも投げるかもな)」


 大島はゆったりした動きでバットを構える。

 彼はアッパースイングの長距離砲。振り切った打ち損じで内野の間を抜くのも上手いが、基本的には打ち上げてくれる打者だ。

 

 ここはツーシームと高速スライダーで乗り切りたい。

 1打席目は基本2球種というスタンスは変えず、決め球と引き出しを温存したまま、詰まった当たりで二死二塁を作りに行く。

 (まぁ木更津には3球種使ってしまったが)


「(初球はフロントドア風のスライダー、入らなくてもいい)」


 近藤の要求は内角の高速スライダー。

 俺は一つ目のサインに頷くと、セットポジションに構えに入った。


 一球目、俺は内角目掛けて腕を振り抜いていく。

 白球は大島の体に向かっていくと、そこから鋭く曲がっていった。


「ットライーク!!」

「(……深読みし過ぎたか。宇治原にもスライダーだったし、序盤の右打者にはスライダー中心かもな)」


 大島は体を引いてストライク。

 ボール覚悟で放った球だったが、運良く枠内ギリギリに入ってくれた。


「(一塁空いてるしボールは有効に使ってこう)」


 二球目、近藤の要求は外へ逃げていく高速スライダー。

 振ってくれたら儲け物の姿勢で、大島の意識を外角へ持っていく。


「ボール!!」


 しかし、これはバットを止められてボールになった。

 1ストライク1ボールの平行カウント。ここで内角を突いても良いが、まだカウントには余裕がある。

 もう一球だけ誘ってみて、あわよくば空振りを狙ってみよう。


「ボール!!」


 これもバットを止められてボール。

 ただ、打ち気は確認できた。次は内に食い込むツーシームでファールを狙いたい。


「(内角のツーシームで)」

「(流石に次は内角だろ。ストレートか、それともフロントドアか。……いや、そろそろスプリットかもな)」


 ミットを構える近藤、バットを握り直す大島。

 俺はセットポジションに入ると、サイドスローから腕を振り抜いていった。

 白球は構えた所に吸い込まれていく。そして次の瞬間――。

 

「(内角のスプリッ……じゃないけど止まらねぇ!)」


 大島は勢いよくバットを出してきた。

 下から掬い上げた綺麗なフルスイング。ツーシームを上手く掬い上げると、打球はレフト方向に天高く上がっていった。


「おお!!」

「でかいぞ!!」

「上がり過ぎじゃね?」


 一瞬、スタンドが騒めいたが――高いだけでスタンドには届きそうにない。

 俺はホッと安堵の息を漏らす。中橋はレフト線付近で足を止めると、余裕を持って白球を捕えた。


「(……ツーシームか。中途半端に沈むモンだから当たっちまった)」


 レフトフライに倒れた大島は、此方を横目で睨みながらベンチに退いていく。

 一瞬だけ焦らされたな。外スラの後だったので、あそこまで内角を完璧に捉えるとは思わなかった。

  

 さて、何はともあれ二死二塁だ。

 こうなってくると、選球眼に難がある雨宮には存分にボール攻めができる。

 最悪、読まれて四球になっても、荻野堂前の並びで勝負すれば良いだろう。


「アウト!!」

「おおおおお!!」

「ないキャッチ!!」


 結局、雨宮はファーストライナーでスリーアウト。

 序盤から苦しい展開になったが、何とか同点のまま3回の攻防に突入した。


富士谷00=0

都大三00=0

【富】柏原―近藤

【都】堂前―木更津

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