91.ただただ天才
富士谷0=0
都大三0=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
2回表、富士谷は4番からの好打順だったが、先頭の堂上はセンターフライに倒れた。
彼は超が付く程のポーカーフェイス。ただ、読み合いがどうとか以前に、シンプルに堂前に抑えられている。
そして迎えた俺の打順だが、ここでも木更津の読心術が牙を剥いた。
初球はチェンジアップを空振り。
「読み合いになる前に打ってしまえば良い」の精神で手を出したが、投球と似たような対策だけに読まれてしまった。
二球目は最大緩急差のストレート狙い。高速スライダーにも意識を残しつつ、木更津の好む定石に張ってみたが――。
「ああー……」
「上げちゃったよ」
147キロのストレートに振り遅れ、盛大に詰まらせてしまった。
セカンドフライでツーアウト。狙い球ではあったけど、チェンジアップの直後でタイミングが合わなかった。
まさに「分かっていても打てない球」で仕返しされた状況。
性格の悪い木更津らしい配球だ。内心では嘲笑っているに違いない。
結局、鈴木も見逃し三振で倒れて、2回表の攻撃も三者凡退で終わった。
想定内だけど突破口を開けない。この完璧過ぎる右腕に対して、俺達は何処まで抵抗できるだろうか……。
「さあ僕の打席だよ柏森くん! 天才達のショーを大いに楽しもうじゃないか!!」
攻守が入れ替わって2回裏、都大三高の攻撃は4番の木田哲人から。
相変わらずイカれている彼は、高らかに宣言しながら左打席に入った。
さて、三高が誇る超天才の打席だが……彼の攻略法は今までと殆ど変わらない。
塁が空いている場面では徹底してボール球。但し露骨な敬遠は行わず、外のサークルチェンジとスクリューで勝負を避けていく。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
一球目、二球目は共にワンバウンドする外のサークルチェンジ。
木田は悠々と見送って、早くも2ボールになった。
「(柏島くんはつまらない男だなぁ。仕方ない、勝なんとかくんみたいにシングルヒットで絶望させてあげよっと♪)」
木田は不敵な笑みを浮かべながらバットを構え直す。
目立ちたがり屋の木田の事だ。四球を選ぶくらいなら、悪球打ちで才能を魅せ付けたいに違いない。
恐らく……次は外のワンバウンドに照準を合わせてくる。
ここで内角のストレートをブチ込んでも良いが――先の事を考えると、そのカードを切るのはまだ早い。
なので今回はスクリューに変えるだけ。変化の違いでジャストミートを防いでいく。
三球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
白球は外角の枠外に吸い込まれていく。そこから更に、手元で大きく曲がっていくと――。
「(そういうの無駄だって言ったのに……ほんと学習しないね柏林くんは♪)」
木田は精一杯右腕を伸ばして、片手だけでワンバウンドに合わせてきた。
人間離れした驚異的な変態打法。バットの先に当たった打球は、京田の頭上を越えていく。
「うめええええええええええええ!!」
「えぇ……片手でワンバンを……」
「リストの強さ人間じゃねぇ」
その瞬間、大歓声が沸き上がると、打球はレフト線にポトリと落ちた。
木田は一塁をオーバーランした所で足を止める。ゆっくりと一塁に帰塁してから、高らかに笑い声をあげてきた。
「あははははははははは!! 君のシンカーなんてワンバンでもヒットに出来ちゃうくらいショボいんだからさ! 素直にスプリットで勝負しようよ三柏くん!」
せめて柏を頭に付けろ、と出掛かった言葉は何とか飲み込んだ。
なんとでも言えばいい。シングルヒットに留まってくれるのなら此方の思うツボだ。
今回、敬遠ではなく「あえて」外のワンバンを打たせたのには理由がある。
一つは、流石の木田もワンバンは長打に出来ないから。高めのボール球はスタンドにも放り込めるが、回転と速度の反発が使えないワンバンは単打が限界だ。
足の速い選手なら二塁打の恐れもあるけど、木田の走塁は怠慢なので、走者なしなら結果は敬遠と変わらない。
そして、敬遠ではなくワンバンを打たせるメリットだが……外のボール球に意識が寄ってくれるから。
要所で内角を使えば裏を突けるし、もしかしたら変態打ちの連続でフォームが崩れるかもしれない。
早打ちしてくれたらシンプルに球数の節約にもなるだろう。
ミスショットしてくれたら尚更、敬遠するよりもアドバンテージが取れる。
長打だけは絶対に避けたいので、ポテンヒット潰しのシフトは敷けないが、俺は「あえて」打たせるという結論に至った。
都大亀ヶ丘の勝吉は変態打ちで心が折れたが……俺はそうはいかない。
コイツがワンバンでも釣り球でも打てるのは承知の上。この人間離れした化け物に要所で勝つ為にも、ご自慢の悪球打ちを布石に使わせて頂く。
富士谷00=0
都大三0=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津