90.初回の行方
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
富士谷0=0
都大三=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
1回裏、二死無塁。
吹奏楽部が奏でるダンシングヒーローの音色が流れる中、木更津健人の打席を迎えた。
「(……町田にもスプリット中心だったな。右なら投げないって訳じゃねーみたいだし、無難に左打席から入るか)」
スイッチヒッターの彼は、左打席に入ってバットを構える。
基本的に右サイドは左打者が苦手だ。定石を好む木更津らしい選択と言えるだろう。
さて、木更津の攻め方だが……ここで高速スライダーを解禁する。
彼の読心術は決して万能ではない。あくまで定石と傾向と挙動を考慮して、相手の狙いを予測しているに過ぎない。
となると、このタイミングでの初球スライダーは読めない筈だ。
一球目、俺は腕を振り抜くと、白球は外から枠内へ鋭く曲がっていった。
バックドアのスライダー。木更津は手が出ず見逃すと――。
「ットライーク!」
球審の右腕が上がり、ストライクが宣告された。
よし、読み通りだな。捕手木更津は兎も角、打者木更津は十分に付け込める。
「(……たぶん次からはコースは読める。ただ今までと配球がガラッと変わったから、球種は出たとこ勝負になっちまうな)」
木更津は左打席のままバットを構え直した。
恐らく球種までは絞れていない。その為に、俺は自分の定石を壊して組み直した。
という事で、次はインコースのサークルチェンジ。
今まではストレートの直後に使っていた球。目の良い木更津なら、リリースにも騙されてくれる筈だ。
二球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いていく。
放った球は要求通りのサークルチェンジ。ブレーキの掛かった球は、内角低めに吸い込まれると――。
「(インだしストレート……じゃねえのかよ!)」
木更津はベース上でバットを止めた。
流石に初速でバレた臭いな。咄嗟に止めた反射神経も流石と言える。
ただ、まだ判定は分からない。果たして球審のジャッジは――。
「ットライーク、スイング!」
「(あークソい。回ってねえよクソが)」
球審の右手が上がると、木更津は此方を睨んできた。
あの木更津を二球で追い込んだ。判定にも不服みたいだし、十分にペースを乱せている。
「(三球勝負でいいんだよな?)」
そして迎えた3球目、近藤は外角低めのストレートを要求してきた。
サークルチェンジから最大の緩急。ここに来て一転、定石通りの配球である。
それも狙いは、ホームベースの奥角ギリギリを通過する球。
分かっていても打てない球なら、例え読まれても抑えられる筈だ。
「(……ま、次は速い球だろ。外れたら見送るし、遅かったらカットする)」
バットを構え直す木更津、セットポジションに入る俺。
両者の視線が交差すると、俺は投球モーションに入った。
狙いはホームベースの奥角ギリギリ、左打者にとって世界で一番遠いストライク。
そこに投げ切る事だけを考えて、鋭く腕を振り抜いていく。
白球は構えた所、外角低め一杯に吸い込まれると――。
「(やっぱ根本は変んねえな、そしてこれはギリギリ入る……!)」
木更津は迷わずバットを出してきた。
一瞬、背筋が凍り付く……が、ミットの心地良い音が響き渡る。
球速表示には151km/hの文字。そして――。
「ットライーク、バッターアウト!」
球審から空振り三振が宣告された。
サークルチェンジの残像が活きたのだろうか。コース的には合っていたが、木更津のバットは振り遅れていた。
「(分かってたけど打てなかったな。スプリットも見れなかったし、我ながらクソい打席だったわ)」
木更津は黙々と防具を取り付けている。
彼を欺けたのは大きいな。もう一つの「分かっていても打てない球」も温存できたし、打者木更津に関しては攻略法が見えてきた。
後は木田哲人、そして捕手木更津をどう攻略するかである。
「木更津が三球三振とか珍しいな」
「やっぱ柏原すげー! 勝てるぞこれ!」
取り敢えず期待通りの三者凡退。
沸き上がる観客席を他所に、俺はそっと肩を撫で下ろした。
富士谷0=0
都大三=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津




