89.いきなり決め球
富士谷0=0
都大三=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
1回裏、激しい陽射しが照りつける中、俺は神宮のマウンドに上がった。
緑の人工芝と青いフェンス、その先には大勢の高校生と高校野球ファン。
この景色も今日が最後だと思うと、何だか名残惜しさすら感じる。
「おっけーい!」
「うぇ~い、調子いいね~」
7球の投球練習はあっという間に終わった。
俺の調子は上々。近藤の送球も完璧で、コンディションは申し分ない。
後は通用するかどうかだが――果たして、どうなるだろうか。
『1回裏 都東大学第三高校の攻撃は 1番 センター 篠原くん。背番号8』
都大三高の攻撃は篠原から。
投手生命を絶たれた悲運の逸材が、リードオフマンとして左打席に入った。
「(ストレート狙うか。柏原は初球ストレート率高いし)」
吹奏楽部が奏でる「さくらんぼ」の音色が響く中、篠原は左打席でバットを構える。
彼は出塁率が非常に高い。今大会に限っては、失策込みで全ての打席で出塁している。
先ずはここを抑えられるか……他校との違いを見せつけたい所だ。
勿論、その場凌ぎで一打席だけ抑えても意味はない。
あくまで長いスパンで、一試合を通じて抑えられるプランを立てていく。
その為に必要なのは球種制限。徐々に使う球種を増やして、相手の的を絞らせない。
「(作戦通りに要求するけど……本当にいいんだな?)」
一球目、近藤の要求は低めのスプリット。
今まで前半は節約しがちな球だったが――あえて篠原には初回から解禁する。
やはり先頭は幸先良く抑えたい。それに普段とは真逆の組み立てなら、多少なり相手の裏を突ける筈だ。
一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いていく。
放った球は要求通りのスプリット。篠原は迷わずバットを出すも、白球は手元で鋭く落ちていった。
「ットライーク!」
「(いきなりスプリットかよ……!)」
バットは空を切ってストライク。
やはり頭に無かったな。決め球が通用するのも確認できたし、自分のペースに持ち込み易くなった。
せっかく裏を突けたし、ここはテンポよく進めよう。
考える隙も与えず投げ込んでいく。篠原は冷静に見逃すも――。
「ットライーク、ツー!」
枠内に収まるスプリットが決まり、僅か二球でツーストライクとなった。
俺にしては珍しい同じ球種の連投。相手としては、球種が読み辛くなっているに違いない。
「(……ゾーン広げて打てそうな球を打つか。最初からそうすりゃ良かったな)」
篠原は黙々とバットを構え直している。
さて、ここからどう決めるかだが……できればスプリットのみで抑えたい。
という事で次はワンバウンドするスプリット。見送られたら次の手段を考える。
「ボール!」
これは悠々と見送られてボールになった。
三球連続のスプリット。だいぶ印象付けられただろうし、攻め方を変えるなら今しかない。
「(スプリット多いな。まだ1ボールだし続けてくるかも)」
「(外れても良いから内角高めにストレートで)」
4球目、近藤は内角高めにストレートを要求してきた。
再三、落ちる球を連投した後だ。高めに伸びてくる球には、タイミングを合わせ辛いに違いない。
俺はセットポジションに入ると、近藤のミット目掛けて腕を振り抜いた。
白球は構えた所に吸い込まれていく。その瞬間、篠原もバットを出してきた。
「(ストレートだな、打てない球じゃねぇ……!)」
バットを振り抜く篠原、微かに響き渡る打球の音。
果たして、白球の行方は――。
「ットライーク! バッターアウト!」
ファウルチップになった打球は、近藤のミットの先に収まっていた。
「153キロ! はえー!」
「三高が初めて初回の先頭切られたぞ!」
球速表示は153キロ。
勝吉を上回る立ち上がりに、球場も大いに沸いている。
ただ、三高としては想定内だったようで、篠原は淡々と町田に報告していた。
町田も攻め方は変わらない。
右打者だからと言って、軸をスライダーに変えてしまうと、正史と変わらない配球になってしまう。
あくまで建前はスプリット中心。木更津、木田の並びまでに、その印象を植え付けていく。
「……アウト!」
「(んー、なるほど。今まで対決した投手とは格が違うな)」
町田にはフルカウントまで粘られるも、最後はショートゴロに打ち取った。
打たせた球はスプリット。少し球数を使ったが、ここまで順調な立ち上がりと言える。
さて……問題はここからだ。木更津、木田と散々やられてきた強打者が並んでいる。
チームの勝敗は兎も角、個人としてはずっと負けてきた相手。
俺は僅かに昂ぶる気持ちを抑えながら、左打席に向かう木更津を睨み付けた。
富士谷0=0
都大三=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津
年内の更新は最後になります。
年内完結を目標にしてましたが……間に合わない所の話じゃなかったですね……!
必ず完結させるので、もう暫く付き合って頂けたらと思います。
それでは良いお年を!