88.決勝開幕
西東京大会決勝
7月29日(日) 明治神宮野球場
都立富士谷高校―都東大学第三高校
スターティングメンバー
先攻 都立富士谷高校
中 ⑧野本(3年/右左/180/75/日野)
二 ④渡辺(3年/右右/176/72/武蔵野)
遊 ⑥津上(2年/右右/181/80/八王子)
右 ⑨堂上(3年/右右/182/83/新宿)
投 ①柏原(3年/右右/180/79/府中)
一 ③鈴木(3年/右右/180/77/武蔵野)
左 ⑦中橋(2年/左左/170/63/八王子)
捕 ②近藤(3年/右右/171/76/府中)
三 ⑤京田(3年/右右/168/63/八王子)
後攻 都大三高
中 ⑧篠原(3年/左左/184/80/杉並)
二 ④町田(3年/右右/175/73/菊川)
捕 ②木更津(3年/右両/178/74/南房総)
三 ⑤木田(3年/右左/182/80/飛騨)
左 ⑦宇治原(3年/右右/186/84/大津)
一 ③大島(3年/右右/182/96/前橋)
右 ⑨雨宮(3年/右左/180/79/郡上)
遊 ⑥荻野(3年/右左/168/68/船橋)
投 ①堂前(3年/右右/178/78/町田)
全体アップ開始から先は、あっと言う間に時間が過ぎていった。
ランニング、キャッチボール、そしてトスバッティング。いつもの流れを普段通りにこなしていく。
選手達は少し緊張していたが、空回りしている様子は見受けられない。
シートノックは都大三高から。
言うまでもないけど半端なく上手い。守備範囲は尋常じゃなし、スローイングの早さも化け物じみている。
ただ、やはり篠原の肩は穴。センターに飛んだら積極的に進塁したい。
続けて富士谷のシートノック。
吹奏楽部が奏でる「シロクマ」の音色が響く中、三高に負けじと無失策で切り抜けた。
ミスできないと発破をかけた甲斐がある。この調子でノーエラーと行きたい所だ。
『……本日は大変混みあっております。座席には荷物を置かず、詰めてお座りください。また過度な座席の確保はご遠慮ください』
スタメン発表が終わった頃、そんなアナウンスが聞こえてきた。
既に内野席は満席。外野席も目視では埋まっていて、満員御礼も秒読みだと感じられる。
つまり現地だけでも約3万人。更に東京MXとNHKの視聴者達が、俺達の試合に注目していた。
「集合!」
「っしゃい!」
13時ちょうど、球審より整列が告げられた。
ホームベースを挟んで三高の選手達と向かい合う。
史上最強の威圧感は凄まじい……が、此方も食トレには力を入れてきたので、体格では決して負けていない気がした。
「これより、都東大学第三高校と、都立富士谷高校の決勝戦を始める。礼!」
「おっしゃあす!!」
球審の合図で一礼すると、スタンドからは大きな拍手が巻き起った。
俺達は三塁側のベンチへ、三高の選手達は守備へと散っていく。
遂に戦いの火蓋が切られた。西東京No.1を決める戦いが。
「(……堂前の調子は上々。コントロールもバケモンだけど、この安定感が良いんだよな)」
マウンドには堂前俊太。
捕手の木更津に向かって、淡々と白球を投げ込んでいく。
やがて7球を投げ終えると、木更津は矢のような二塁送球を放った。
「お願いします」
野本は一礼してから左打席に入る。
それと同時に、三塁側スタンドからは「スマイリー」の音色が聞こえてきた。
『1回表 都立富士谷高校の攻撃は 1番 センター 野本くん。背番号8』
「……プレイ!」
演奏が始まり、アナウンスが流れ、プレイボールが宣告される。
果たして、一冬越えた富士谷打線は、堂前に何処まで抵抗できるだろうか――。
「(できれば球数を稼ぎたいけど……打つなら読み合いにならない初球だよね。僕は引っ張りが多いし、木更津くんは定石を好むから、アウトローに張ってみようかな)」
「(眼鏡は結構ボール球振るからな。初球は外角にボール半個分だけ外すぞ)」
「(そこ微妙にボールだけどいいのかな。ま、先生には従うけど)」
注目の初球、堂前は外角低めにストレートを放ってきた。
野本は迷わずバットを出していく。しかし、思っていたより遠かったのか、当てただけの打球は後ろに飛んでしまった。
「ファール!!」
打球は当然ながらファール。球速表示は147キロと表示されている。
この球速で精密機械は反則だな。初球を運で打つ以外に攻略法が思い付かない。
「(あちゃー、外狙いバレちゃったかな。こうなったら少しでも球数稼ぐかぁ)」
「(……外角低めに逃げるツーシームだな。眼鏡ならワンチャン振ってくれる)」
「(へいへい。早くチェンジアップ投げたいなぁ)」
二球目、堂前は再び外へ速い球を放ってきた。
野本は悠々と見送っていく。白球は僅かに逃げると、木更津はビタッとミットで捕えた。
「…………ボール!」
際どかったが判定はボール。
野本にしては球が見れているな。この調子で堂前を消耗させたい所だ。
「(見逃し方へったくそだなぁ。打ち気ないのバレバレ。てことで次はインで入れるぞ)」
「(自信もって外見逃した後だけど大丈夫……?)」
三球目、木更津の構えは内角低め。
堂前はスリークォーターから白球を繰り出すと、鋭いカットボールは膝元に吸い込まれていった。
「ットライーク、ツー!」
「(やっぱ追い込むの早いなぁ。次は打たないと……!)」
これはギリギリ入った判定でストライク。
本当に高さもコースもギリギリだ。球速も141キロ出ているし、とても高校生が打てる球だとは思えない。
「(……とりあえず一球だけ見せとくか。ただ、今日は序盤はケチるからな)」
「(そうそう。やっぱ得意球は安心して投げられる)」
そして迎えた四球目、堂前はテンポよく投球モーションに入った。
鋭い腕の振りからブレーキの掛かった球が放たれる。野本は思わずバットを出すも――。
「(それは……打てない!!)」
「ットライーク! バッターアウト!」
決め球のチェンジアップに掠りもせず、盛大に空振りして三振を奪われた。
相変わらず球種も多彩だな。チェンジアップに関しては単体でも売りにできるレベル。
そこに抜群の制球力と148キロの直球が加わるのだから、アマチュアレベルの選手ではヒットを見込めないだろう。
「ットライーク!! バッターアウト!!」
「(そこはストライクね。球は見れたしヨシとするかな)」
続く渡辺は148キロのストレートで見逃し三振。
外角低めの際どい球だったが、木更津のキャッチング技術に軍配が上がった。
そして――。
「アウト!!」
「(っち、捉えたと思ったんだけどなー。これは上手く打たされたわ)」
津上はツーシームを詰まらせて、平凡なセンターフライとなった。
分かってはいたけど初回は手も足も出ない。この分だと、終盤まで得点が見込めない可能性すらあるな。
『本日は満員通知が出されております。誠に申し訳ございませんが……』
攻守交替の間、そんなアナウンスが聞こえてきた。
決勝といえど、高校野球で神宮が埋まるのは稀。それだけ、本日は好ゲームを期待されているに違いない。
1回表は三者凡退で終わった西東京大会決勝戦。
観客の期待を裏切らない為にも、俺も三者凡退で抑えて投手戦に持ち込む……!
富士谷0=0
都大三=0
【富】柏原―近藤
【都】堂前―木更津