87.試合直前
明治神宮野球場。大会本部。
俺と木更津はメンバー表を交換すると、続けて先攻後攻を決めるジャンケンを行った。
「じゃんけん」
「ぽん」
「後攻で」
勝った木更津は後攻を選択。
こればかりは仕方がない。心理戦のジャンケンは分が悪過ぎる。
先攻は予想通りという事で、メンバー表に目を通した。
【都大三高】
中 ⑧篠原
二 ④町田
捕 ②木更津
三 ⑤木田
左 ⑦宇治原
一 ③大島
右 ⑨雨宮
遊 ⑥荻野
投 ①堂前
先発は予想通りエースナンバーの堂前。
打順もほぼ不動だが、木更津と荻野が入れ替わっている。
「……出塁率優先か」
「御名答。木田の前に埋めりゃ敬遠もできないだろうからな」
どうやら今回は、塁を埋めて木田と勝負させる方針のようだ。
今季の三高は全員バグった打率をしているが……中でも篠原、町田、木更津の3人は出塁率が高い。
特に篠原は失策も含めれば全打席出塁中。意地でも木田と勝負させようという姿勢が覗える。
「そっちも多少は工夫してきてんじゃん」
「さすが木更津先生、お目が高い」
「その呼び方やめろ。ぶっ飛ばすぞ」
一方、木更津も此方の変化に気付いたようだ。
尚、富士谷のオーダーは下記の通りである。
【富士谷】
中 ⑧野本
二 ④渡辺
遊 ⑥津上
右 ⑨堂上
投 ①柏原
一 ③鈴木
左 ⑦中橋
捕 ②近藤
三 ⑤京田
ほぼ守備重視時の基本オーダーだが、俺と堂上の打順が入れ替わっている。
理由は少しでも投球に集中する為。ただ、下位まで下がれる程の余裕はないので、5番という打順に踏み留まった。
「(些細だけど厄介な奇襲だな。5番柏原が投打でどう影響するか未知数すぎる。今の感じだと自信ありそうだけど、試合が始まるとどうなっかな)」
木更津はメンバー表を眺めながら考え込んでいる。
この誤差程度の打順変更が、試合にどう影響するか。
展開によっては明暗の別れ道になりそうだ。
「じゃ、またグラウンドで」
「ああ。決勝に相応しい試合をしよう」
「そうだな(ま、願わくば全試合コールドスコアを決めたいけどな)」
最後にそんな言葉を交わしてから、俺達は三塁側へ、木更津達は一塁側へと向かっていく。
試合開始まで約2時間。まだ猶予はあるものの、刻一刻と決戦の時間が迫っていた。
※
その後、選手達はベンチインの時間を迎え、富士谷の面々は三塁側のベンチに身を移した。
試合開始まで1時間半。まだ全体アップまで30分以上の時間があり、暫くは個人アップをしつつ余暇を過ごす。
という事で、俺達はグラウンドに出ると、念入りにストレッチを行った。
怪我で主力が離脱……なんて展開は絶対に避けたい。
もう一つ、体は柔らかい方がパフォーマンスも出せるので、柔軟はじっくり丁寧に行っていく。
ちなみに富士谷は動的ストレッチ派。限界まで伸ばして止める静的ストレッチよりも、怪我のリスクが低く体も柔らかくなるらしい。
「やあ凡人の諸君! わざわざ無駄な抵抗ご苦労な事だね!」
一通りの柔軟を終えた頃、東京イチのキチガイこと木田哲人が絡んできた。
グラウンドは観客から丸見え。既に大勢の人が来ているというのに、恥じらいとか常識という概念はないのだろうか。
「そっちこそ、わざわざ弟まで使ってご苦労な事だな」
「あはははははは! 何か勘違いしてるけど、僕はなーんにも指示してないよ! 天才の僕に惚れ込んだ哲也が勝手にやっただけさ!」
「そーですか……」
相変わらずナルシスト全開の木田に、俺は思わず顔を歪めてしまう。
どうやら駒川大高に居た木田弟は、独断で野球とサッカーの二刀流に挑戦したようだ。
よく考えたら、木田兄は自分に絶対的な自信を持っているし、小細工なんてする訳もないか。
「ま、その辺はどうでもいいや! それよりも、今日はアップもあるし手短に済ますよ!」
「はぁ」
木田は仕切り直すと、何時ものように耳元に近づいてきた。
もう慣れたしツッコミは入れない。聞いて満足するなら大人しく受け入れよう。
「……僕達の夏を二度も邪魔した罪は計り知れない。もし僕が法なら死刑も辞さない大罪だよ。だから今日は死んだ方がマシだと思うくらい、ボッコボコのフルボッコにするから覚悟してね♪」
木田は囁くようにそう煽ってきた。
二度も邪魔した……か。そう考えると、今まで最強のチーム相手によく頑張ってきたと思う。
ただ、最後に負けたら何の意味もない。だからこそ、夏3連勝で此方が上だと証明する。
「こっちも恵と瀬川さんの最後を邪魔されてるからな。あの時の借り、返させてもらうぜ」
「あはははははははは! 珍しく言い返してきたね! 張り合いがあって嬉しいよ僕は!!」
「そう……」
「さーてと、僕は慢心しないタイプの天才だからね! ちゃんとアップしたいし帰ろーっと!」
木田は最後にそう言い残すと、三高の選手達がいる一塁側に去っていった。
気付けば試合開始まで後1時間。ここまで物凄く長かったけど……ようやく始まるな。
西東京で一番長く、そして一番熱い1日が。