85.友情応援
2012年7月29日。明治神宮野球場は、午前中から強い陽射しに晒されていた。
試合開始は13時00分。にも拘らず、既に大勢の高校野球ファンが券売所に並んでいる。
また、本日は両校共に全校応援であり、満員御礼も予感させる程に賑わっていた。
「竜也ー、頑張れよー」
「土村達も関越一の仲間と来てるってさ〜」
「おうよ」
そう声を掛けてきたのは、同じシニア出身の宮城(国修舘)と久保(八玉学園)である。
殆どの3年生は既に引退済み。また、ベンチ入り選手は選手証を持っているので、バックネット裏以外ならタダ観できる。
暇を持て余した元球児達にとって、地元の高校野球ほどコスパの良いエンタメはないだろう。
彼らの他にも、神宮に来ている西東京球児は多い。
「富士谷こっちであってる?」
「陽介の応援とか癪だわー」
「じゃあ来るなし」
三塁側のゲート付近で戸惑っているのは、都立比野の佐瀬と高尾と川島だ。
都立同士という事で応援に来たのだろうか。恐らく席取り目的だろうけど、こんな早くからご苦労な事である。
「今日の決勝、どう読む?」
「俺達に勝ったチームが強いに決まってる。富士谷が勝つ確率……71%だぜ!」
「うーん、流石に三高相手だと分からないなぁ。柏原の出来も分からん」
「……」
ご丁寧に学ランで来たのは明神大仲野八玉の面々。
明神大学への進学が約束されている彼らは、受験勉強とも無縁で暇なのだろう。
「(皆には行かねぇって言っちまったけど……結局来ちまった。バレねーように外野で観るかな)」
一人で来ている勝吉(都大亀ヶ丘)は、あまり元気の無い様子だった。
無理もない。都大亀ヶ丘が惨敗したのは3日前の事。気持ちの整理が付かないのも当然と言える。
と、全員を挙げたらキリがないが、見知った顔は多く見受けられた。
試合開始が近付くにつれて、西東京球児は更に増えていくに違いない。
そして勿論、この男も例外ではなかった。
「やあ柏原くん」
「うい。来ると思ってたぜ」
そう声を掛けてきたのは、周回おじさんこと相沢涼馬である。
彼は三高の春夏連覇阻止に人生を捧げてきた。富士谷とも協定を組んでいたし、両校の末路を見届けに来たのだろう。
「1人か?」
「今はね。3年生は全員来るよ」
「そりゃ頼もしいな」
「もう俺に出来る事は応援しかないからね。悔しいけど」
相沢とそんな言葉を交わしていく。
彼だって3日前に敗戦したばかり。表情だけ見るとニコニコしているが、少なからず悔しさは残っている筈だ。
にも関わらず……3年生全員を連れてきたのだから、感謝してもしきれない。
「で、何か用あるのか?」
「いやぁ、恵ちゃんの心のケアはちゃんと出来てるかなぁって」
「あぁ……特に何もしてないな……」
「駄目だよ柏原くん。事情を知る数少ない人間なんだから。金城さんの目を盗んで励ましてあげないと」
「そうは言うけどなぁ」
話題は最近元気の無い恵へと移っていった。
正史通りであれば、本日の夕方に急性白血病が発症し、彼女は救急搬送されてしまう。
相当不安に違いない。未来の事は他言できないから尚更だろう。
「柏原くん、まだ時間あるでしょ?」
「まあ無いこともないな」
「ちょっと俺らだけで集まろうよ。最悪、卯月さんは居てもいいけど……何とかして金城さんを撒く感じでさ」
「俺の天使を邪魔者扱いすんじゃねえ」
ふと、相沢は無茶振りしてきた。
琴穂は非常に嫉妬深い。恵だけ連れて密会なんてしようものなら、機嫌を損ねてしまう可能性がある。
今回は記録員なので尚更だ。席を外す理由が少な過ぎる。
「何とかならない? 普通に助言も授けたいしさ」
「……仕方ねーな。琴穂を足止めすりゃいいんだろ」
「ありがとう。任せたよ」
要求を無視しても良かったが……助言も頂けるなら仕方がない。
俺は溜め息を吐きながら、球場に来ているであろう周平に連絡を取った。