84.最強世代のプライド
「お疲れ様でした!」
「ほな片付けは任せたわ。いつもすまんな〜」
ここは町田市内にある都大三高グラウンド。
夕暮れに包まれたグラウンドでは、ベンチ外の選手が片付けに勤しみ、主力選手の大半は足早に撤収していく。
そんな中、俺……木更津健人は、一人でホームベースの付近を慣らしていた。
「先生は真面目やんなぁ。後輩に任せればええやろ」
そう言って絡んできたのは宇治原繁。
国民の殆どはご存知だと思うが、最速163キロを記録する超高校級の右腕である。
「寮に戻ってもやる事ねーからな。こういう日頃の行いを野球の神様も見てると思うし」
「お、合理主義者の先生にしては珍しい発言やな」
「迷信なんざ信じちゃいねーけど、運だけはどうしようもないのも事実だからな。やれる事はやっとくんだよ」
「はえ~、ほな俺もマウンドやるわ」
「お前はレフトだろ」
「手厳し過ぎやて」
俺達はそんな言葉を交わしていく。
明日の富士谷戦で最も怖いのは運要素。一昨年は雨天コールドに、去年は逆球の失投に泣いて敗戦している。
正直、戦力では圧倒していると思うが……富士谷の不思議な力が怖いのも否めなかった。
その根本にあるのは柏原のピッチング。
やはり得点が取れないとペースが狂うし、シンプルに1プレーの重みが増してくる。
もう一つ、都立効果と美少女マネージャー達の影響でファンも多い。
球場を味方に付けて、データでは測れない「勢い」で押される展開は十分に懸念された。
「しっかし、昨日今日と練習終わるの早過ぎやと思わへん。大会中でもお構い無しに深夜までやっとったのに」
ふと、宇治原はそんな事をボヤいてきた。
実のところ、三高は大会中でも徹底的に追い込み、深夜までみっちりと練習してきている。
別に名門なら珍しい話ではない。全国大会に照準を合わせて、地方大会では普段通り追い込んでいるだけの話だ。
その中で、西東京決勝を目前にして、調整優先に舵を切った。
理由は言うまでもない。というか、宇治原にも察して欲しいものだが――。
「甲子園も含めて最大の山場が明日だからな。明日にピークを合わせるよう調整してんの」
全国大会も含めて、明日が最大の山場だと考えたのだ。
追い込みと言う名の重石を外し、体が最も軽いタイミングで富士谷を迎え撃つ。
それが大倉監督の考えであり、実のところ俺も一枚噛んでいた。
「はえ〜。やっぱ夏は連敗しとるからボスも焦っとんのかなぁ」
「だろうな。つーか俺ら、公式戦では殆ど富士谷にしか負けてねーし」
「ほんまや。1年の春と神宮だけやな、他所に負けたの」
「だろ、他所にはクソどうでもいい大会でしか負けてねーんだよな」
俺はそこまで語ると、宇治原は感心した素振りを見せた。
俺達が入学してから2年半。公式戦では僅かに5敗しかしていない。
その内の3敗は1年春の都大会と関東大会、そして1年秋の神宮大会。
1年春は木田しかベンチ入りしていないし、何れもどうでも良い大会だった。
一方、富士谷には夏だけで2敗している。
1年夏は宇治原と木田しかベンチ入りしてなかった……が、それらを踏まえても、要所で邪魔になっているのは何時だって富士谷なのだ。
「ほな絶対に負けられへんなぁ」
「ったりめーだろ。こんだけの戦力あって負けられる試合なんてねーわ」
「せやせや。1回も夏の甲子園に出れへんなんて高校野球史上最強の名が泣くで」
高校野球史上最強。俺達はずっとそう言われてきている。
最速163キロ右腕、最速148キロの精密機械、ボール球も打つ世代最強のスラッガー、全員合わせて高校通算450発超の強力打線。
そして何より俺が居る。このチームが春夏連覇を逃すなど、絶対にあってはならないのだ。
「ああ、絶対に勝って伝説を残そう。俺らの敗戦は高校野球史における損失になるからな」
俺は口元をニヤリと歪めると、宇治原に向けてそう言い放った。
高校3年間を犠牲にし、ストイックに最強を目指して実現した理想のチーム。
歴史に名を刻まないなんて考えられない。三度目の正直で富士谷に勝って、名実ともに高校野球史上最強になる。
「天才くんみたいなこと言いよるなぁ」
「うっせ。そういやアイツどうした?」
「景気付けに町田の野鳥食べ尽くすって言って走ってったで」
「ああクソい……クソ過ぎる……」
相変わらず木田は狂ってる……が、奴が居てこその都大三高。
もう形は問わない。不細工な接戦でも良いから、最後は絶対に俺達が勝つ。
次回から決勝当日編。
実は2~3話でやる話を5話に分割しました……すいません……!
風邪であんまり書けなかったんです。