83.決勝前夜④あらさーずらぶっ!
「ハイボールおかわりお願いします!!」
ここは吉祥寺にある大衆向けの居酒屋。
そのカウンター席では、フリーライターの瀬川瞳が、もう何杯目かも分からないハイボールを頼んでいた。
「流石に飲み過ぎじゃないかね」
「飲まなきゃやってられませんよ! だって恵が――」
「決勝前日なのにタメ息ばっか吐いてるんだよね?」
「そう! ピチピチのjkの癖にですよ! 若いんだからテンション爆上げでいかないと!」
「(この話もう5回目くらいなんだよなぁ……)」
本日何度目かも分からない愚痴を、スカウトの私――古橋一樹は呆れながら聞き流す。
一応、妹を心配しているのだろうか。今日は野球の話そっちのけで、妹の話題に持ってかれていた。
「おしっこ!!」
「もうちょっとオブラートにだな……。てかもう5回くらい行ってるけど本当に大丈夫?」
「ちょっと止めないでください間に合わない!!」
「そうですか……」
瞳さんは雑に立ち上がると、フラフラとした足取りで便所に向かっていく。
途中、男性3人が座るテーブル席で足を止めると、テーブル上のグラスを掴んで勝手に飲み干した。
「うい~、飲んでるかーい?」
「う、ういー」
「おっ、逆ナンっすか?」
「俺の酒……」
間に合わないんじゃなかったのかよ、と出掛かった言葉は何とか飲み込んだ。
だいぶ酔っ払っているな。瞳さんは泥酔すると何するか分からないので、連れとしては非常に心配である。
「青年達よ野球は好きかー!?」
「そこそこっすね」
「俺やってましたよー」
瞳さんは野球の話題を振ると、私の方をチラッと見てきた。
何だか嫌な予感がする。そう思った次の瞬間、瞳さんは得意気な表情を浮かべ、親指を此方に向けると――。
「あれ私の彼氏なんだけど、実はプロのスカウトなんだぜ~!」
「おおー」
なんて言い出したものだから、私は思わず頭を抱えてしまった。
本当にしょうもなさ過ぎる。というか他人の袴でドヤるのは辞めて頂きたい。
「なんだ彼氏持ちか……」
「っちぇー」
青年達は少しばかり落胆している。
ちなみに余談だが、私と瞳さんが交際中なのは紛れもなく真実。
なんというか……酔った勢いで一夜を過ごした後、流れで付き合う事になってしまった。
何でこんな人と――と我ながら思う事もあるが、元気で明るい性格に惹かれたんだと思う。
あとシンプルに容姿が良い。泥酔した時の暴走っぷりは尋常ではないが、そこには目を瞑る事にしていた。
「あ、やばっ。漏れる」
「俺の空いたグラスにしていいっすよ」
「まじ!? 言っとくけど本当にしちゃうよ~? けどこのグラスじゃ私には小さ過ぎて――」
「はいトイレに行きましょう!」
「分かった! 分かったから押さないで〜!」
瞳さんはそこまで語ると、私は駆け付けて強引に便所に押し込んだ。
この人は本当にやるから冗談では済まない。やっぱ酒癖の悪さは直したいな……なんて思いながらカウンターに戻っていく。
しかし――今日は決勝前日だというのに、試合の話を全くできていないな。
いつもは渋々ながらも語っているだけに、つい物足りなさを感じてしまう。
「……ふぅ〜。ところでダーリン」
「ダーリンって呼ぶの辞めて」
「じゃあカズきゅん」
「その二択なんなん?」
「どっちかは譲れません! てか今はもっと大事な話があるんですよ!」
やがて瞳さんもカウンターに戻ると、ようやくと言わんばかりに話題を変えてきた。
明日の戦略的な事を聞かれるのだろうか。そう思って期待していると――。
「そろそろ敬語やめてもいいですか??」
「えぇ……そんな話……?」
なんて言い出したので、私は思わず落胆してしまった。
「重要ですよ! このままじゃ関白亭主と愚妻みたいな感じになっちゃいますもん!」
「前も言ったけどダーリンって呼ぶの辞めるなら好きなように……」
「そこは絶対に譲れません!!」
そんな感じで、次は呼び方と敬語の話題に脱線してしまった。
結局、野球の事は語れず仕舞い。まあ……決勝戦ともなれば、今まで積み上げた全てを出し切るだけだ。
スカウトとしては両校共に、怪我のない程度に頑張って欲しい所である。




