52.同類
カラオケを抜け出した俺達は、クレーンゲームのコーナーを探索していた。
橙色のサイドテールが特徴的なマネージャー・卯月夏美。
一番最初に来たマネージャーであり、野球経験を活かして練習を手伝う他、公式戦では記録員も務めている。
ただ、俺から見た卯月というのは「恵じゃない琴穂じゃないほうのマネージャー」というのが正直な印象だ。
それくらい、普段は彼女と言葉を交わさない。その程度の仲でしかなかった。
「あ、このぬいぐるみ可愛い! これ取ろうぜ!」
卯月が指差した先には、ス○ィッチのぬいぐるみが幾つか転がっていた。
クレーンゲームを前にはしゃぐ姿は、ごく普通の可愛らしい女子高生に見える。
「へー、意外とこういうのに興味あるんだな」
「うっせ、意外で悪かったな」
からかってみると、卯月は不機嫌そうに視線を逸らした。
男勝りで気が強い女性――と言うのは、口調だけで判断した第一印象に過ぎない。
顔や髪型は勿論、恵や堂上と接する彼女を見て思ったのは、ごく普通の女の子だという事だ。
実際、制服の着こなしを見ても、男らしさというのは微塵も感じられない。
恵ほどではないが短いスカートに、この時代に流行った紺のハイソックス。
Yシャツにはネクタイを付けているが、これも珍しい着こなしではない。
「つーか思ってても口に出すなよ!」
「いや、恵が『なっちゃんに遠慮はいらない』とか言ってたから」
「恵の仕業か……後で制裁が必要だな……!」
「無理だな、ぜってぇ返り討ちにされるわ」
「うっせ!!」
そして、卯月は俺と少しばかり似ている。
主に、ツッコミキャラという部分でだけど。
彼女は、恵とは違った意味で"同類"のような気がした。
「ま、落ち着けよ。それ取ってやるから」
卯月のご機嫌取りも兼ねて、俺はクレーンゲームに挑戦した。
一回目、掴みにはいかず、敢えて標的の横にクレーンを落とす。
「うわっ、おまえへったくそだな~」
「まあ見てろって」
卯月の煽りを無視して、二回目も横に落とす。
ふと、俺の左肩に、彼女の右手が掛かっている事に気付いた。
俺も結婚経験があるので今更動揺はしないけど、女子高生に触られて悪い気はしないな。
「あ……けっこう近付いてきたな」
「だろ? これで取れるよ」
三回目、クレーンに引っ掻けると、アームが閉じる際にス○ィッチが穴に転がり落ちた。
「すげー! こんな簡単に取れるのかよ!」
「ま、初期位置が良かったからな。もう一個取れって言われたら厳しいけど」
目を丸めて驚く卯月に、俺は得意気に言葉を返した。
ぬいぐるみを取り出すと、押し付けるように卯月に手渡す。
「え、くれるの?」
「そりゃ、俺はいらねーしな」
「そっか。へへっ、さんきゅ!」
卯月は嬉しそうに抱えて、俺の左肩を叩いてきた。
軽くとはいえ右肩を避けたのは、彼女なりの気遣いだろう。
それから俺達は「お菓子が沢山とれるアレ」に没頭した。
どうやら卯月は甘い物が好きらしく、手前にある山を崩すのに必死になっている。
なんというか……本当に普通だな。もっとこう、今時の女子に逆張りしてくる感じだと思っていたのに。
「ところで柏原、一つ聞いていい?」
そんな中、卯月は真剣な表情で切り出した。
なんだろう。俺は二つ返事で「いいよ」と返すと、
「じゃ、聞くけど……なんで富士谷に来たんだ?」
と、ありきたりな疑問をぶつけてきた。
「なんだよ、他に行って欲しかったのか?」
「ちがっ……そういう意味じゃねーよ!」
少しからかってみると、卯月は慌てた様子で否定する。
「真面目に答えると、孝太さんがいたからだよ」
続けて、用意されたテンプレを読み上げた。
卯月は「ふーん」と言いながら、目を細めて睨むと、
「本当は金城違いじゃなくて?」
なんて言うものだから、俺は思わず言葉に詰まってしまった。
「よっしゃ! 図星だな!!」
卯月は嬉しそうに指を鳴らした。
真剣な話かと思ってたのに。さっきの仕返しかよ。
「まだ何も言ってねーだろ」
「だからだよ。柏原って普段は切り返し早いじゃん?」
言葉もねぇ。意外とよく見てるな畜生。
「誰から聞いたんだよ。恵か?」
「あ、恵も知ってるのか。いやー、勘というか、察したというか……まー半信半疑だったけどな!」
卯月はそう言って、やたらと左肩を叩いてきた。
恵や琴穂もだけど、うちのマネ達はボディタッチに躊躇がない。
ってか、俺ってそんなにわかりやすいのかよ。本人に伝わってないのが奇跡まであるな。
「あー! かっしー達がデートしてるー!」
そんな会話をしていると、恵が此方に向かってきた。
堂上と鈴木も一緒だ。恐らく、カラオケの時間が終わったのだろう。
似た者同士で過ごす時間は、あっという間に終わりを告げる事となった。
「ち、ちげーし! みんなの為にお菓子用意してただけだし!」
「はいはい。なっちゃんも隅に置けないなぁ~」
「その目やめろ!」
相変わらず恵にはやられっぱなしだな。
そんな事を思っていると、卯月がこっちを見て、
「あ、今日は私の勝ちでいいよな?」
と、少し得意気に聞いてきた。
恐らく、どちらが上手か密かに競っていたのだろう。
それなら――。
「おまえ、なんか堂上に似てきたな……」
「に、似てねーよ!!」
軽く反撃すると、彼女は顔を赤くしてそう叫んだ。
残念だったな。卯月に一方的に弄られる程、俺は隙だらけではない。
ご存じの方も多いと思いますが、今日はドラフト会議でした。
自分の贔屓は一本釣りに成功したみたいで……今年はハラハラしなくて済んで良かったです……!