67.平凡だった男(後)
4周目。
正確な死因を把握した俺は、今度こそ人並みに充実した人生を送ろうと決意した。
史実の嫁とは絶対に結婚しない。もう一つ、八玉学園の限界も見えたし進路も変える。
少なくとも、これで史実のような末路は回避できる筈。
そう思った矢先――俺は地元のコンビニで、転生者だと名乗る男に絡まれた。
彼は沼袋シニア所属(中野区)の飯山。聞く話によるとポジションは両翼らしい。
史実では、成羽航空道志高校(山梨県)に野球留学したけど、ベンチには一度も入れなかっと語っていた。
この男こそが、俺の運命を変えた男――転生の全てを知るAランク転生者である。
彼は俺と出会うや否や、転生に纏わる情報を伝えてきた。勿論、転生者の使命が「都大三高の春夏連覇阻止」だった事も。
当時こそ、いまいちピンとこなかったけど、これが後に目標となるのは言うまでもない。
もう一つ、飯山くんは同じ高校に進学するよう持ち掛けてきた。
どうやら転生者全員で進学先を合わせて、転生者の数に物を言わせて倒す作戦らしい。
ただ、当時の俺は咄嗟に渋ってしまった。
というのも……この時のメンツでは無理があると思ったからだ。
尚、飯山くんから語られた転生者は下記の通りである。
飯山(A)……成羽航空道志のスタンド部員。外野手。
相沢(C)……八玉学園のスタンド部員。三塁手。4周目。
益田(C)……野球経験あり。高校では国修舘の帰宅部。
石井(B)……都立青瀬のレギュラー選手。外野手兼任投手。
尾関(B)……都立鷺谷の女子ソフトボール部。野球経験あり。
驚く事に強豪校のレギュラー格は0人。
いくら史実の記憶や経験があるとはいえ、筋肉自体は巻き戻されてるし、とても都大三高の面々を超えられるとは思えない。
まぁ……飯山くんは多少なりセンスはあるんだろうけど、他の3人が使えないのは明らかだった。
という事で、俺は「また八玉学園の仲間とやりたい」という大嘘を建前に、飯山くんの提案を断った。
ただ、可能な限り協力するという体で関係は維持。やはり「転生の全てを知る」とまで言われたら、既に4周目の身としては色々と気になる。
俺は5周目を覚悟で今までと同じ人生を歩み、飯山くんから可能な限り情報を引き出していった。
結局、飯山くんの作戦は不発に終わり、4周目も今まで通り人生を終えた。
ここまできたらベストな状況で使命に挑みたい。その程度の感情を胸に、5周目の人生に突入していく。
しかし、5周目はAランクが名乗り出ず終了。当たり前だけど、誰しもが使命に積極的な訳ではないようだ。
ちなみに5周目は、俺の活躍で西東京ベスト4に進出した。
やはりというべきか、筋肉こそ巻き戻されているが、感覚や反射神経は継承されている。
この辺りから、俺は周回を前提とした立ち回りと、感覚を鍛える練習を意識するようになった。
6周目、7周目、8周目……。
途中からは数えてないけど、俺は只管に必要な情報を集めて、そして誰よりもバットを振った。
その人生は退屈を通り越して苦痛そのもの。それでも、せっかく周回したし……という惰性で準備を進めていった。
尚、その間にAランクに召集された事もあったけど、俺は全て断っている。
やはり三高に勝る程のカードが揃わない。少しでも東京の野球に関わると転生の対象になるので、素人や女子も普通に紛れ込んでしまう。
案の定、転生者を集めても三高には全く歯が立たず、この作戦は何度も失敗していた。
その中で、一つだけ気付いた事がある。
周回できないAランクの人には悪いけど……正直な所、周回者を4人揃えるのが一番効率的だろう、と。
転生者を見つけては周回するよう促す。最終的にはこの方法に落ち着いた。
ただ、以前に柏原くんにも語った通り、これも不発で終わっている。
理由は俺以外が周回に堪えられなかったから。誰だって、退屈な人生や苦痛な死に際は繰り返したくない。
結局のところ、後に退けなくなっているのは、十数周もしている俺だけなのだ。
気付けば……俺だけが十数周もして、俺だけが三高の春夏連覇阻止に拘っていた。
ココまで来たら絶対に退けない。他の転生者はアテにせず、自力で三高に勝てるチームを作ろう。
そして俺自身が、宇治原くんを打てる打者になり、三高打線を封じられる投手になろうと決意した。
それから先も、退屈な情報収集と練習の繰り返しだった。
納得が行くまで周回を繰り返す。そして納得したら、俺の実績でも入学できて、かつ理想のチームを作れそうな、都合の良い高校――都大二高に進学しようと決めた。
ここは少し改善すれば1年目に甲子園に出てる。
推薦がないから、中学時代は無名の俺でもアピールし易いし、勧誘の土台を作るには持って来いだった。
以上が平凡だった男のハイライト。
高校野球ではベンチに入れず、まともな夫婦関係を築けなかった程度の、ありふれた男の周回ライフだ。
ただ、そんな平凡な俺だからこそ――誰よりも練習を積み重ねて、非凡な存在になりたかったのかもしれない。
※
『4番 ピッチャー 相沢くん。背番号 5』
2012年7月26日。
吹奏楽部が奏でる「怪盗少女」の音色が響く中、俺は左打席でバットを構えていた。
9回裏、2点ビハインド、二死一塁。打てなければ都大二高の夏と、俺の転生ライフが終わる。
「(ふむ……随分と間合いが長かったな)」
マウンドには先発の堂上剛士。
ここまで8回2/3を無失点と、圧巻の投球を披露している。
ただ、俺も絶対に負けられない。言っちゃ悪いけど、堂上くん程度には負けられないのだ。
俺は誰よりも長い高校生活を送り、誰よりも三高の春夏連覇阻止に必死になって、そして誰よりも練習してきた。
ここまで本当に長かったと思う。だからこそ――18年しか生きていない人には負けたくないし、三高には自分の手で引導を渡したかった。
堂上くんはセットポジションから投球モーションに入る。
その瞬間――俺はテイクバックを取ると、全神経をバットに集中させた。
俺は他人の何百倍もバットを振ってきた。
その感覚を信じて、外へ逃げていく速い球……保険を賭けたシュートに狙いを定める。
そして――今まで出会った全ての転生者の想いを胸に、全力でバットを振り抜いていった。
「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
打った瞬間、俺は綺麗なフォロースルーでバットを投げ捨てる。
沸き上がる悲鳴と大歓声。そして全速力で下がるライトの柏原くん。
強引に引っ張った打球は、ライト方向に高々と上がっていた。