表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/699

5.堂上という男

 野球部に仮入部した俺は、1枚のメモ書きを握り締めながら、1年5組の教室を目指していた。

 堂上 剛士(どのうえ つよし)野本 圭太(のもと けいた)。これから会う生徒の名前だ。


 野本の事は少しだけ覚えている。正史では主将を務めていた……気がする。

 俺は東東京の球児だったので、富士谷の事はあまり詳しくない。

 他に知ってる事と言えば、本来なら中里と杉山という選手がバッテリーを組む事くらいで、堂上に関しては全く記憶になかった。


「っと、失礼しまーす……」


 1年5組の教室に着くと、恐る恐る扉を開けた。

 あまり人見知りはしないが、アウェーの空間に入るのは苦手だ。

 なにやら男女の声が聞こえる。帰宅部で青春しようとしてる連中が騒いでるのだろうか――。


「どーのーうーえー! いいから野球部いくぞ!」

「行かんと言っているだろう」

「堂上くん、諦めて行こうよ。君には野球しかないんだからさ~」

「行かん」


 そこにいたのは、椅子に座りふんぞり返っている堂上らしき男と、それを引っ張る男女だった。





 何とか堂上達を連れ出すと、再びグラウンドに集合した。

 ちなみに、残りの2人は見つからなかったらしい。成果あったの俺だけかよ。


「1年5組、野本圭太です。ポジションは外野。個人的な野球観としては機動力を重視しています。その理由は……」

「なげーって! えっと……卯月夏美、マネージャー志望です」


 短めの黒髪に眼鏡、いかにもデータとか好きそうなのが野本。スラッとした体格をしている。

 マネージャー志望の女の子は卯月夏美(うづき なつみ)。髪は橙色のサイドテール。顔も可愛らしいが、少し気が強そうな気もする。

 何れも、堂上を引っ張り出そうとしてた生徒だ。


「堂上剛士。上落合中の4番でエースだったが、野球部に入る気はない。以上」


 そう言って去ろうとしたのが堂上。

 髪は短めのウルフカット。目付きは鋭く、いかにも愛想の無さそうな顔付きをしている。

 身長は俺と同じ――176cmくらい。体にも程よく厚みがあり、体格は申し分ない。


「しかしだな堂上。お前は野球推薦で入ってるだろ?」

「入部届けを出して直ぐに辞めます。都立ならそれで問題ないでしょう」


 畦上先生が指摘するが、堂上は全く動じない。


「なんで入りたくねーの?」

「語るまでもないだろう。部員1桁の野球部に未来などない。今からでも他の競技を始めたほうが試合で勝てる、それだけだ」


 堂上は表情を変えずにそう答えた。

 成る程、全く記憶に無い訳だ。彼は正史では入部しない、つまり存在しない選手なのだろう。


「そもそも、俺がここを選んだ理由は田村さんがいたからだ。あの人がいないのなら、野球に拘る理由もない」

「田村さん?」

「辞めてった部員の一人だね。去年、1年生でエースだったんだけど……」


 孝太さんは、どこか残念そうにそう答えた。


「尊敬してたんだな」

「違うな。俺は中学2年の夏、あの人にエースを奪われた。ただそれは年功序列で決まった事だと思っている。だから高校で決着をつけに来た、と言ったところだ」


 そんな理由で来たのかよ、とは言わなかった。少なくとも俺は言える立場じゃない。

 しかし、異常なほど勝敗に拘るあたり、相当な負けず嫌いなのだろう。

 そんな悶着が暫く続くと、近藤が得意気に前に出た。


「よくわかんねぇけど、いると思ってた凄い投手が不在で拗ねてんだろ?

 だったらよ……凄い投手ならココにいるぜ」


 近藤はそう言って、俺に親指を向けた。

 他人の袴で戦うんじゃねえ、という喉まで出かかった叫びを、グッと飲み込んだ。


「何が言いたい?」

「田村さんとやらの決着はしらねーけど、柏原がいれば甲子園も夢じゃない。この野球部に未来が無いなんて事はねーよ」

「ふむ……なるほど。しかし、俺は柏原とやらの実力を知らん。証明が必要になるな」


 堂上は言葉を続ける。


「つまり、俺と勝負しろ――と言う訳だな」

「そうはならねえだろ」


 考えるよりも先に口が動いた。

 どんだけ勝負好きなんだよ。俺が投球を見せるだけでいいだろ。


 なんにせよ、この男の勝敗への拘りは異常だ。土村の比じゃない。

 井の中の蛙、大海を知らず。この野球界には土村よりも面倒臭い奴が存在したらしい。


「いいだろう。逃げたと思われても癪だ。今ここで野球との決着をつけるとしよう」


 そして人の話を全く聞かない。気付けば、近藤達もすっかりやる気になっている。

 まるでゲームや漫画みたいな展開だが、それに疑問を傾ける人間は誰もいなかった。


「はーぁ、仕方ねえな。俺が勝ったら野球部に入れよ」

「いいだろう。俺以外にも優れた選手がいるのなら、入部を拒む理由もないからな」


 こうして、空前絶後の負けず嫌いとの対決が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ